2016再開祭 | 茉莉花・廿

 

 

窓の外から差し込む朝日が目に痛い。
暴力的に眩しいその光を避けるように、ウンスは寝台で呻いた。
「あ゛ー・・・」

声がガラガラに掠れているのは、寝不足のせいなのか飲み過ぎのせいなのか、それとも宿酔のせいなのか。
掠れ声と共に吐いた自分の息が途轍もなく酒臭い事に、ウンスは痛む頭を抱えて反省する。

昨夜の記憶は手裏房の酒楼、大きな酒瓶をチェ・ヨンと共に一本空けたところで途切れている。
それでも瓶の中身の70%ほどは、チェ・ヨンが飲んでいるはずだ。
その後に何本飲んだのか、どうやって家まで帰り着いたのか、さっぱり思い出せない。

いくらストレスが溜まっていても、たとえチェ・ヨンが自分の願いを読み違えても、このやけ酒はひど過ぎる。
嫁入り前の女が、婚約者の前とはいえ、記憶も失くすまで泥酔するなんて。
指一本動かすのも億劫で、それでも寝台の横にチェ・ヨンを探そうと、ウンスの手がカタツムリよりものろのろと寝台の横を手探りする。

いつもなら触れるはずだ。その寝屋着の端か、温かい指先でも。
探すまでもなく、起きる時にはいつだって抱き締められている。
けれど今朝の寝台で伸ばす指が触れるのは、ひんやりしたシーツだけ。
あの温もりが見つからなくて、ウンスは重い瞼を無理やりに開ける。

いない。

いつもならここまで呻けば、心配そうに覗き込んでくれる黒い瞳。
心配そうにゆっくり押し付けられる厚い胸。抱き直してくれる腕。
それがどこにも見つからない。

「・・・ヨンア?」

掠れた声で呼んでみる。返事はない。
這った方が早いくらいの速度で冷たいシーツから抜け出して、寝室の扉を開ける。

開けた瞬間、庭を照らす陽射しに頭と目がガンガンする。
目を閉じて片手で頭を押さえ、もう一度蚊の鳴くような声で呼ぶ。

「ヨンア」

その声と同時に居間の方からウンスに寄る影は、探すチェ・ヨンではなくずっと小さくて細い。
茶碗を一つ盆に載せ真直ぐにウンスのところまで来ると、タウンが笑ってその盆を差し出した。
「おはようございます、ウンスさま」
「タウンさん、あの人は」
「まずはお飲みください。大護軍から、ウンスさまが起きたらお出しするようにと、言い付かっております」

宿酔のノドは、水滴を浮かべた茶碗に注がれた冷たいクルムルの誘惑には勝てない。
その茶碗を受け取ると、ウンスは半分ほどを一息に飲んだ。
「・・・ああ、おいしいぃ」
思わず出た声は、さっきまでよりずっといつものウンスの声に近い。
タウンはその声を聞くと笑って頷いた。

「ウンスさまがきっと宿酔だろうからと」
「なんか言ってた?あのひと、他に」
「はい」
思い出したように口許を隠して、タウンがウンスにもう一歩寄る。
「大虎だ、絶対に宅で笹葉は与えるな、酷い目に遭うからと・・・」
「私、どうやって帰って来た?」

ウンスの質問にタウンの眉が困ったように下がった。
「ウンスさま、本当に・・・お知りになりたいですか」
いつもなら元武閣氏剣戟隊長らしく、ハキハキと答えるタウンが声を詰まらせた。
それだけで自分のひどさは想像がつくと、ウンスは首を振る。
そして振った拍子にまたズキズキと痛み出した頭に顔をしかめた。

「良いの。何となく、想像はついたから」
「・・・恐らくはご想像以上かと・・・」
タウンはあくまで控えめに、ゆっくり言って頭を下げた。
ストレス解消できただけで良しとすべきだろう。
何はともあれこの頭痛とノドの渇きのせいで、他の何も考えるゆとりなんてない。
「お湯をお使いください」
タウンの声に頷くと、ウンスはよろけながらバスルームへと歩き出した。

酒臭さを洗い流すように、ミントと塩の手製歯磨き粉を使い何度も歯を磨いた上に、ハーブ入りのマウスウォッシュで口を漱ぐ。
ゆっくりバスタブに浸かってしっかり汗をかいた後、頭の先から爪先まで念入りに洗う。
ようやくさっぱりしたウンスは、髪を拭きながらバスルームを出た。
裸足のまま磨き上げた木の床の渡り、廊下をペタペタと居間の前まで戻り、縁側に座り込むと吹く風で髪を乾かす。

「・・・イムジャ」
庭に重なる薬木の葉の向こうから縁側に向け、戻って来たチェ・ヨンが、濡れ髪のウンスを見つけて呼び掛けた。
「おはよう。早起きね、ヨンア。コムさんも、おはよう」
ヨンと共に歩いて来たコムが、優しく微笑んでウンスに頭を下げる。
「おはようございます、ウンス様。ヨンさん、では俺は」
「ああ、頼む」

コムはヨンの声に頷いて、それ以上何も言わずに屋敷の裏に消える。
ヨンはそのまま縁側の端に腰を下ろすと、ウンスと同じ風に吹かれ
「気分は」
と問うて顔を覗き込む。

「うん。お風呂も使ったしスッキリしたわ」
ウンスが櫛で髪を梳かしながら答える。
ヨンは白い頬に張り付いた長い濡れ髪を指先で摘まみ、細い肩へと流しながら
「・・・次は酒でなく、買い物にお連れします」

細かい事はあれこれ言わず、ずばりと結論だけを言われてしまった。
何があったかは聞かないでおこう。改めて決心したウンスは黙ってこくんと頷いた。

 

 

 

 

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