「風邪ね。ノドが真っ赤」
朝は苦手な方なのに、病人と聞くと寝起きが良いのは納得できん。
真夜中のカイの部屋の中、手が切れるような冷たい水に浸した手拭を絞り、奴の顔やら額やらを拭いつつあなたは俺を振り返る。
「毒の疑いは」
突然の問いに驚いたようにその目が丸くなる。
「毒?いきなりどうして、そんな物騒な話になるの?」
「先刻、敵の刃が掠ったので」
思い出したこの方はカイの腕の包帯を解き、傷の周囲を丹念に調べる。
「創傷周辺に皮膚の異常はないわよ?ノドも赤いし。心配なら、方法を見つけて調べるけど。
天門が開いてるうちに帰れるなら、向こうで治療を受ければ心配ないわ。何か思い当たることがあるの?」
「・・・いえ」
狙いが判らぬ以上、最悪に備え最善を尽くす。
熱に唸るこの男の為でなく、共に襲撃に遭ったこの方の為に。
毒遣いでなく単なる剣遣いなら、此方も気が楽だ。
どれ程の手練れを送り込もうと、この方を狙う限り必ず斬る。
「人騒がせな奴だ」
「そんなこと言わないの。ただ熱が高いわ。カイ君の体質はよく分からない。聞いておけば良かったな、既往症とか持病とか」
呟きながらそのまま寝台のカイの頭を胸に抱くこの方に、此方の息が止まる。
「イムジャ」
「ああ、首の裏をね。高熱の時はここを冷やすと良いのよ」
この方は平然と医仙の声で言いながら、固く絞った手拭をその項へと差し入れた。
声に気付いたか、動かされたからか、カイが怠そうに薄目を開ける。
「・・・ウンスさん?」
「起きた?ちょうど良かった、これ飲める?」
寝所でこの方を起こし、カイの熱が高いらしいと告げた時、この方が兵舎の厨へ走って拵えた。
その蜂蜜と塩を溶かした湯を注いだ水差しを示し、囁くような声が訊く。
判っている。この方は医官で、病人にはそうして接する。
起きられねば手を貸し、飲めねば茶碗を支え、喰えねば粥の匙を出す。
これしきで動揺していては、医仙であるこの方と共に居る事は出来ん。
但し患者が俺の知る者でないなら話は別だ。
「うん・・・飲む」
頷いた奴の体を再び抱いて起こしそうな細い両腕を制し、奴の肩を握ると引張り起こす。
瀕死の重病人という訳ではない。風邪や熱で甘えるだの抱きしめるだの、ふざけるにも程がある。
あなたはこの眉間の険しさに少し戸惑った瞳を向け、気を取り直すようカイへ問い掛ける。
「カイくん、今年インフルエンザの予防接種は受けてる?」
「・・・うん、大学で」
「良かった。持病とか既往症は?特に心臓、肝臓、腎臓、血液系の」
「何もないよ」
「服用してるような常備薬は?鎮痛薬とか、睡眠導入剤でも」
「ううん。薬は嫌いなんだ。だから飲まない」
「良かった。じゃあこれ飲んだら、風邪に効く薬湯持ってくるわね」
枕に凭れるカイの手に蜜湯の茶碗を手渡しながら、優しい声が言う。
甘えるよう頼るよう、この方を見るカイの熱で潤む目。
茶碗の受け渡しで触れ合う程に近く寄る二人の指先。
相手は病人。診察するのがこの方の役目。悋気を抱いても仕方ない。
その寝台から眸を逸らし、窓外の深夜の雪闇を透かし見る。
今その影から刺客でも出て来たならば、寧ろ気も紛れるだろう。
斬って文句を言われぬ相手なら、名分の許幾らでも斬れるのに。
*****
久々だなあ。
寝苦しい夜の隙間で目を開ける。
起きてるのか寝てるのか、熱で霞んだ頭の隅で考える。
目を開けるたびに、ロウソクの光の中で懐かしい目がこっちを見る。
そして手を伸ばして額の熱を測ると、安心したみたいに優しく笑う。
初めてかも。
その目に笑い返して目を閉じる。
少なくとも母さんがこんな風に看病してくれた事はない。
初めてなのに懐かしくて、もう一度ゆっくりと息をして目を閉じる。
そんな俺の肩を包む為にブランケットを巻き直すウンスさんの両手。
「ゆっくり寝て」
すごく遠くから、それともすごく近くから、囁くような声がする。
それだけで息をするのが楽になる。
ミントみたいな花みたいな、すごくいい香りがする。
「呼吸が楽になるように、軟膏を塗ったの。湿布薬だけだと冷えるから。ミント、大丈夫?」
その香りを深く吸い込んだ俺に気がついたか、ウンスさんが言う。
「・・・うん」
懐かしくて優しい声。熱で澱んだ目を開けるたびに見える瞳。
額の熱を測る指先。測る時俺の上に屈み込むたびに流れる髪。
あなただったんだ。
熱に浮かされる心の中で繰り返す。
あなただったんだ。
あの朝いつも隣にいてくれたのは。
風景も音楽も分け合いたかったのは。
「・・・ウンスさん」
「なあに?苦しい?」
答えられずに、黙ったまま首を振る。
声が震えるのは苦しいからじゃない。
目尻から一滴枕に落ちた涙は、熱のせいじゃない。
やっと見つけた。
まるで動画のリワインドだ。熱い頭の中で逆再生されていく景色。
今までどうやっても繋がらなかった点と点が、確実に焦点を結ぶ。
夕焼け、初雪、雨の音、朝陽。
髪も指も、目も笑顔も香りも知っていた君。
そして最後にようやく見えたその顔。
歴史を知ってる事をあんなに喜んでくれた人。
君の為にだけ、勉強してきたのかもしれない。
例え他の男の為でも俺を必要としてくれた人。
君を探す為に、ここまで来たのかもしれない。
どうしよう。
今、君を見つけた。

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前世なのか前前世なのか~
どこかで出会ったことがあったのね。
記憶の片隅 こんなに献身的に看病してもらったら
そりゃ 残るわね~
悋気でメラメラしてそうで
ヨン… 落ち着いて~(^▽^;)
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ドラマのキャスティングを思い描いて、お話を読んでるのですが、金髪のカイくんが どうしてもカズレーザーが浮かんできてしまう…