2016再開祭 | Advent Calendar・9

 

 

結局大型カート2つ分の食材を袋に詰め、雪の中タクシーを捕まえて自宅へ戻る。
建物の入口と自宅のドアを3往復してようやく運び終えた袋の山。

マートで見た時は大したことがないだろうと思ったが、自宅リビングで改めて見ると、2人で消費するには大量すぎる。
山の真中に立ったクォン・ユジは、周りの袋を順序良くキッチンのカウンターへ並べ手際良く冷蔵庫へ納める。
やけに嬉しそうな顔で片付けを続ける彼女は、この大量の食材にどうやら果敢にも一人で対峙する気らしい。
「クォン・ユジさん」

キッチンカウンターのこちらから呼び掛けると、ようやく忙しい手を止め、クォン・ユジが俺を見た。
「手伝いましょう。何をすれば」
しかし即座に首を振り、クォン・ユジは明るく言う。
「良いんです、テウさんはゆっくり休んでください」

そして瓶詰で妥協した花梨茶を取り上げると
「お茶を入れましょうか?」
そんな風に尋ねて、答も聞かずに蓋を開けようと捻る。

蓋はかなり硬いのだろう。
しかし俺に助けを求めず、手に余る蓋を懸命に捻る姿を見兼ねてカウンターを回り、彼女が握り締めた瓶を静かに奪う。
「あ、だいじょ」
「うぶではないでしょう」

奪った瓶の蓋を捻ると、すぐに軽い音を立てて開く。手許を覗き込んでいたクォン・ユジが、空の両手で拍手した。
「お茶にしましょう。開けてくれてありがとうございます」
何でも一人でやりたい性格なのだろうか。
もしくは余程家事が好きなのか、自立心が旺盛なのか、まだ心を開いていないか。
「俺が淹れます。あなたは少し座って下さい」

さっきから働きづめのクォン・ユジは、提案に即座に首を振る。
判ってないな。どんな理由であれ関係ない。休息は必要だ。
「ユジさん」
窘めようと少しきつい声で呼ぶと
「テウさん、私、すごく嬉しいんです」

クォン・ユジはそう言って、俺を真直ぐ見つめ返した。
「ずっとホテルにいて、どこにも行けず、何も出来ませんでした。だから料理とか買い物とか片付けとか、普通の事が何をやっても嬉しくて。
本当は家事は得意じゃないし、一人暮らしだった時にはこんな一生懸命やった事もないんですけど」

・・・何も判っていなかったのは、どうやら俺の方らしい。認知心理学に於いては、対象への理解は不可欠な要素だ。
それは単に判る判るという無暗な同調ではなく、対象の行動や感情の尊重。
俺は彼女の置かれた状況を情報として充分把握していても、その心を理解していなかった。
「では」

理解の第一歩だ。一緒に行動してみよう。数値や単語としての彼女の情報を、この脳に叩き込むだけでなく。
「一緒に淹れましょう。あなたは俺より上手そうだし」
「はい、一緒に!」
どうやら今回の提案は気に入ってもらえたらしい。
安心した俺は花梨茶の瓶に、食器洗浄機から取り出したスプーンを突っ込んだ。

 

*****

 

手を離すべきではなかった。そんな別れを幾つも見た。
そのたび心が痛んだ。手を離すべきではなかったのに。

─── 聞き覚えのある夢の声。

そのたび誓いを新たにした。俺は二度と絶対に離さぬ。
何処にいようと見つけ出す。一人で泣かせる事はせぬ。

待っていろ。必ずあなたを探し出す。何より誰より大切な、俺のただ一人のあなたを。
声を限りに名を呼んで、返る声を頼りに駆け付ける。
心があなたの居場所を知っている。その心の命ずるままに走れば、足は必ず辿り着く。

─── この声を以前も聞いた。

それまで俺は伝え続ける。朝の光に、夜の闇に。
春の花に、夏の風に、秋の月に、冬の雪に伝える。

此処に居る。此処から必ず再びあなたを探し出す。
そして探し出せば、時の螺旋を超えて再び逢えれば離さない。

幾度でも掴まえて腕の中に囲い込み、そしてあなたに伝えよう。

此処に居ります。

だから掴まえろ。目の前にようやく現れて下さったあの方を。
二度と一人で呼ばせるな。心が潰れる程に哀しいあの声で。

そこにいる?

─── 誰の事を言ってる。 お前は誰なんだ。一体何を言いたいんだ。
いつでもいつまでも、遠回りで奥歯に物の挟まった言い方で。
言いたい事があるなら具体的に言ってくれなければ判らない。

お前が気付かねば意味はない。運命ならば必ず気付く。
気付いたならば掴まえろ。手を拱いている暇などない。
俺のあの方は、お前のあの方は今お前の目の前にいる。
一人きり待っている。たとえ今は互いに気付かずとも。

手を離すな。絶対一人にするな。後で気付いても遅い。
気付かずもし手を離せば、生涯の重荷を負う事になる。
気付いてやれなかった事を。手を伸ばさなかった事を。

あの方は必ず問う筈だ。
そこにいる?

必ず答えてやってくれ。
此処に居る。

気が遠くなる程長い間、あなただけを待ち続けていたと。

 

 

 

 

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