2016再開祭 | 茉莉花・拾玖

 

 

ウンスは得意げに頷き、そんなヨンにゆっくりと指を立てて見せた。
「そう。ハンプティ・ダンプティって名前でね。あの偉い人、ゆで卵にお箸を刺したみたいに見えるじゃない?私だけ?」

何やら難し気な天界語が混ざっているが、茹で卵に箸とは秀逸な例えだと、ヨンは思わず噴き出した。
珍しいヨンの笑顔を見て、ウンスは嬉しそうに何度も頷く。
「そうよ、笑えばいいの。玉子男なんて気にする事ない。私たちが憂鬱な気分になるなんてバカらしいわ。でしょ?」
「はい」

確かに相手が茹で卵だと思えば、何と言う事はない。
ウンスが真面目な顔で言えば言う程、堪えようとすればする程に込み上げる笑いにチェ・ヨンは拳で口を押さえ、可笑しさに肩を揺らした。
本来あってはならない事だ。判院事相手に、その外見を笑うなど。
茹で卵だろうが煮卵だろうが、相手は自分より高位の重臣なのだ。
しかしウンスの例えが言い得て妙で、自分を笑わせようとお道化る姿が愛おし過ぎて。

そんな心は通じたか通じないか、ウンスは愉しそうに声を続ける。
「あとは心と体の運動よ。チュホンにはごめんなさいって思うけど、しばらく毎朝歩いて出勤できるでしょ。
体にいいわ、ウォーキングも立派な有酸素運動だから」
「はい」
「心は・・・」

夜目にもはっきり判る程、ウンスの白い頬に血が上る。
「心は・・・いろんな方法があるの。楽しそう、したいなって思う事をすればいいのよ。ヨンアは何したい?」
「イムジャさえ愉しければ」

何をしても構わない。二人が一緒なら良い。
こうして自分を笑わせてくれるウンスの願いを叶えたいと願う。
けれどしたい事を尋ねながら、ウンスが顔を赤らめる理由が判らない。
訊かれたヨンは眸で確かめるが、ウンスはふいと顔を背けてしまう。
「あなたは」
背けられた顔の視線を捕まえようと、背後から覗き込み訊いてみる。

「何かしたい事は」
「・・・ある」
「しましょう」
チェ・ヨンは嬉しさに即答する。したい事をしよう。
二人きりで、この一両日中の気鬱が晴れるような愉しい事をしたい。

「何を」
「・・・え?」
「何をしたいのですか」
「えー・・・っとね・・・」
いつものウンスの、歯切れの良い声が返ってくるはずだと思っていた。
買い物。酒。飯。何でも良い、今から間に合わないなら明日でも良い。
絶対叶えたいと思っていたのに、返って来たのはヨンには予想外の言い淀む声だった。

「これは・・・うーん・・・」
「何ですか」
「あなたとしか一緒に出来ないけど、でも私からはかなり・・・あの子にも言われた通り、本当にふしだらっぽいし・・・」

淀む声にふと思い当たる、ウンスの言葉。
女人から誘うのは勇気が要るし、恥ずかしい。
その時も思った筈だ。次に誘うのは絶対に自分からと。

「判りました」
チェ・ヨンの確信に満ちた表情に、ウンスの頬が一層赤くなる
「・・・本当に?」
「はい」
「私が言ったから信念を曲げて、イヤイヤするんだったら、それは」
「いえ」

首を振ったチェ・ヨンは手を差し伸べて膝の中のウンスを縁側へ立たせ、即座に自分も立ち上がる。
そこで二人で向かい合い、漏れて来る蝋燭の灯の中でその瞳をじっと覗き込む。
ふしだらなど笑止千万。二人きりで共にしたい事をし、それをふしだらと言われるならば上等だ。
「行きましょう」
「・・・いいの?」
「はい」

小さな手を握り、チェ・ヨンがまず縁側を一段降りる。
暗い庭の式台の上、ウンスの沓の在処を確かめると、その手をそっと引いて導く。
「此処に」
「え?」
式台に揃えた沓を履かされ、ウンスは意味が判らずにチェ・ヨンの顔を確かめる。
一緒に寝室に行くとばかり思っていたのだ。その覚悟で口にした。
そしてヨンが判ったとハッキリ言ったから。

「ひとまず手裏房の酒楼で良いですか」
「・・・はい?」
「今宵は俺が誘います」
チェ・ヨンの声に思い当たる。そうだ、自分が言ったのだと。
一緒に出掛けたかったの。でも女から誘うのは勇気がいるし恥ずかしい。
「・・・えーっと・・・誘うって、デート、に?」
「はい」

ヨンは夜空を見上げた後に、視線をウンスへ戻すと首を振る。
「市の店は閉じております。買い物が良いなら明日にでも」

二人きりの夜の外出の誘い。此度こそは自分から誘った。
これで女人としてウンスの面子も潰れる事はないだろう。
誇らしげにすら見える、晴れ晴れしたチェ・ヨンの笑顔。
緊張が一気に解けたウンスは、今夜一番大きな溜息を吐いた。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    ヨンの笑った顔も見れたし…
    運動も出来るし
    ちょっと… どきどき期待しちゃったけど
    ちゃんと大事にしてくれるし
    デートだよ お酒も飲める(笑)
    おチビさんには こんなこと出来ないもんね♥

  • SECRET: 0
    PASS:
    ヨ~ン、朴念仁!
    せっかく、ウンスの方から誘ったのに・・
    あんな小娘に言われたって、気にしないって・・
    勇気を出して誘ったのに、ヨンったら、残念!
    あ~~、ダメですねえ。
    やっぱり、まだまだダメですねえ。
    婚儀まで、守るのか 。シュン…

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