2016 再開祭 | 玉散氷刃・壱

 

 

「・・・・・・医仙が」

迂達赤選りすぐりの精鋭のみ三十数名を集めた部屋。
上席のチュンソクは声が震えぬよう下腹に力を籠めて、長い沈黙の後にようやく絞り出した。

そうでもしなければ、今にも席を蹴り立ってしまいそうだった。
チェ・ヨン本人が軍議の最上席で必死で堪えているというのに。

「ああ」
「いつですか。いつ判ったのです」
「お前の部屋に行く直前だ」

チェ・ヨンは吐き捨てると懐から一通の文を取り出し、長卓の上に叩きつけるように置いた。
「生意気に、文までな」
黒く鋭い眸に読めと無言で促され、チュンソクは一礼の後に卓上の文を取り上げ目を走らせた。

我绑架医仙了
如果你想让你安全地返回,不要增加大惊小怪 等待接触

医仙を預かった
無事に返して欲しければ、騒ぎ立てずに次の連絡を待て

「石を包んで庭に投げ込んだ」
「・・・典医寺にはもう行かれましたか」
「答は判っている。これからだ」
「王様とチェ尚宮殿に御報告はお済みですか」
「状況が判る前では出来ん」

そんなチェ・ヨンとチュンソクの遣り取りを、並んだ他の隊員は固唾を飲んで見守っていた。
テマン。トクマン。チョモ。チンドン。そこから連なる部屋中の男らにも、チェ・ヨンの怒りは伝播した。

全員が険しい表情を浮かべ、唯一つの声だけが耳に木霊していた。
理由も判らず掛けられた緊急の召集。
部屋に三々五々集まった全員が着座するなり、大護軍チェ・ヨンが放った一言が。

「医仙が攫われた」

――― 医仙が攫われた。

その一声を耳にしてより、頭は目まぐるしく回転し続けている。
今チェ・ヨンの心中がどれ程穏やかでないのか、長年の腹心であるチュンソクには手に取るように理解が出来た。
こんな時のチェ・ヨンは放って置けば迂達赤兵舎どころか皇宮を飛び出し、草の根分けてもあの斎妻を探し回るに違いない。

一番不安なのはそこだと、チュンソクは気が気でない。
怖ろしいほど冷静で誰よりも切れ者で、兵法書なら武経七書は疎か、己が途中で頓挫した兵法二十四編から火龍経まで。
伝手を頼って手に入れて、一心不乱に読み耽る。
その兵法の総てが女より美しい顔の男の頭に入っている筈なのに、医仙が絡むとチェ・ヨンの平常心は往々にして雲散霧消する。

王命により天の医官を連れて来て以来、チュンソクの目に映るチェ・ヨンは別人かと思うほどに変わった。
何にも関わらず、興味も持たず、唯一熱心にするのは鍛錬と戦。
それも己の命など一切顧みず、隊員たちを生かす策だけに腐心して死に急ぐように戦っていた。
それ以外の時には寝るか呑むか喧嘩をするしかない、若い隊長。

そんな男の変貌ぶりに、チュンソクを始め迂達赤は肝を冷やしつつ、影に日向にチェ・ヨンを援護した。
王より遥かに巨大な財力と権力を嵩に、暴悪の限りを尽くした徳成府院君が相手でも。
その徳成府院君に担がれ出て来た王の血縁の叔父、紛れもない王族徳興君が相手でも。

チェ・ヨンはいつであろうと、何一つ揺らがなかった。
本来は避けて通るべきである強大な敵を向うに回し、一歩も退かず医仙を守り抜いた。
そんな女人が攫われて、この人が黙っている訳がない。

チュンソクは考えて考えて、また考える。
チェ・ヨンが独りで走り出す前に、最善の手を打たねばならない。

「まず状況の把握が先決です。チョモ、チンドン」
「はい、隊長!」
「典医寺を出た後の医仙の足取りだ。昨夜の禁軍の守番に片端から当れ。
宮中で見かけなかったか。何刻に門を出たのか。お一人か、連れはいたか。いたなら誰か。
どの方向へ行かれたか。この中から甲乙を連れて行け。申の刻にここに戻って結果を報せろ」
「はい!」

チュンソクの声にチョモとチンドンが素早く席を立ち頭を下げる。
「行くぞ!」
その声に精鋭の中から、甲組と乙組の隊員が続いて立ち上がった。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

4 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    ヨンじゃないけれど、私もすご~~~く心配。
    どうしよう・・・
    次のお話まで、長いな。
    と、言うか、ウンスが戻るまで暫く落ち着かない生活をしそう。

  • SECRET: 0
    PASS:
    見える!
    ヨンの背後にどす黒いオーラが……
    まったくどこのどいつがウンスを攫ったのやら
    もう既に結末が怖いよ(攫った理由によるけど)

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です