2016再開祭 | 花簪・柒

 

 

「・・・さすが、この辺りだと見た事ない薬草があるのね」

窓外から覗けば案の定。
医官らは片隅に肩を寄せるよう、あの方から距離を取って恐縮している。
そしてあの方は我が物顔で部屋の中央、薬卓の前に陣取って、並ぶ薬草を具に確かめていた。
「医仙様、あの」

肩を寄せ合った医官の一人が、恐る恐る口にする。
「申し訳ないのですが、私共はそろそろ」
「ああ、ごめんなさい。で?このあたりで多い病は?」
「・・・戦がなければ、疫病以外は特に・・・」
「んー、でも開京とは離れてるし、気候も食も違うでしょ?診察時に何か特別に気を付けてるようなこととか」
「医仙」

窓から飛び込んでやろうか。
そのまま攫って部屋にぶち込み、此処に居る間二度とうろつけないようにするか。
半ば本気で思いつつ声を掛ければ部屋隅の医官らはこの姿を見、明らかに安堵したよう一斉に頭を下げた。
「大護軍様」
「邪魔した」
「いえ、とんでもない事です」
其処から飛び込む失態を犯さなかった事がせめてもの救いだ。

窓の外から頷くと、心を決めて兵舎内へ走り込む。
医官らに医術を伝授するなら未だしも、質問攻めで辟易させるなど。
俺の入室に瞠る瞳に、一切の無駄を省いて伝える。
「・・・参りましょう」
そして部屋外へ連れ出す。もう駄目だと心で呟いて。

 

「開京へ戻れ」
「え?」
有無を言わさず医局へ飛び込み、この方を連れ戻した寝所。
これ以上の言葉はない。二人向かい合い、一言伝える。
「テマンを付ける」
「帰れって、私だけ?」

此処まで言っても判らんのか、それとも空恍けているのか。
向かい合ったこの方は、そう言いながら自分の鼻を指した。
「そうだ」
「何で?どうして私だけ?まさか媽媽に何かあったの?」
「そうではない」

俺の返答がさぞ不思議なのだろう。つまり自分が何をしたのかすら理解していないという事だ。
「言ったろう。従うように」
「だから表に出てないじゃない!ただ医局の様子や、薬草を確認に」
「するな」
「だってみんなを治療しに来てるのよ?」
「国境隊の医官の役目だ」
「どういう意味?私はいらないってこと?」
「奴らの役目の邪魔だ」
「ジャマなんてしてないわ、ただ分からない事を聞いただけでしょ」
「必要ない。良いか」

聞き飽きないのか。俺は言い飽いた。同じ事を幾度も幾度も、まるで馬鹿の一つ覚えのように。
「部屋を出るなと伝えた」
「だから外には出てないってば」
「あなたのしている事は逆効果だ」
「それは、でも!」
「医局に乗り込んで天の医術を伝えるでもなく、何をしていた。
ただ話し込んで手を止めさせただけか。
自分の知りたい事さえ知れれば、奴らの役目の遅れなど構わんか」

相手がこの方でなければ、もう疾うに尻を蹴って追い出している。
それでもこう言うしかない。全てが己の都合の良いように進む事など有り得ない。
「そういう事は余所でやれ」
「ちょっと待ってよ、そんな言い方ひどいじゃない!
「外の薬房なり医院なりで土地の病でも何でも確かめれば良い。兵や医官を煩わせるな」
「みんなの前で2人でいるのがイヤだって言うから、1人の時に出来る事を探そうとしただけよ!
ここまで来て何もしないで帰りたくないから。せめてそれは理解してくれてもいいじゃない。私だって医者よ?」
「医者なら患者を減らす努力をするべきだろう。鍛錬が足りねば患者は増える一方だ。
邪魔された医局で薬が足りずに待つ事が増えれば如何する。
辛い思いをした兵に、手を止められたせいで結局は忙しい目に遭う医官に、あなたは責任を取れるか」

堂々巡りだ。同じ場所を幾度も幾度も。
「これ以上は見過ごせん。帰れ」

今までならば此処まで言う事はない。
途中の何処かで此方が折れ、この方は勝手な我儘を押し通して来た。
相手が俺でなくとも。
絶大な権力を振るうた奇轍でも、徳興君でも、叔母上でも、武閣氏でも、迂達赤でも、そして畏れ多くも王妃媽媽や王様であろうとも。

皇宮や迂達赤兵舎ならまだ許す。俺が責任を取れる。
しかし国境兵舎での我儘だけは、絶対に許されない。
そしてそれは此処へ連れて来た俺が受けるべき責だ。
兵の不平も、医官の不満も、この方に向かってはならん。

鍛錬不足が原因で、戦場で帰れるべき兵が帰れずに終われば。
国境隊もそして俺も、チュソクらを喪った霊廟の苦々しい思いを再び味わう事になる。
己を責めようと頭を下げて詫びようと、二度と返らぬ命を前に。
そして考えるのだ。何が悪かったのか。何処で間違えたのか。
共に過ごした刻の長さと思い出に押し潰されそうになりながら。

この方を護る為に王様が力を貸して下さる以上、俺は兵と国、そして王様を守る為に死力を尽くす必要がある。
それが愛しいこの方を護る約束であり、そうし続ける事こそが誓い。

自ら選び名を懸けた誓いを、己が手で破るわけにはいかない。
だからもしもこの方が怒るなら、俺に対して怒るべきだ。
不平を漏らす兵にではなく、不満を抱く医官にでもなく。

「今日の鍛錬の予定は変えられない。明日明けに」
「ヨンア、ちょっと待ってよ」
「鍛錬がある」
席を立ちそのまま部屋扉へと向かう。予定の変更は利かない。
まして明日からテマンが抜ける。手が一つ減るのがどんな意味かすら、この方は理解していない。

テマンがいれば指南出来た兵らに、目も手も声も届かなくなる。その分指南役の負担が増える。
五人いれば細かく伝えられる処を四人で指南すれば、その分鍛錬を受ける兵の負担が増える。
日々新しい技を詰め込まれ、それを覚えるには当日しかない。だから今日全員の負担が増える。

話を聞くのは此処までだ。唯一の救いは、今国境に迫るに敵がいない事。
この間に新しい指南書の技を、一つでも多く奴らに体得させるしかない。
「明日朝まではこの部屋を一歩も出ず」
「私の言い分は聞いてくれないわけ?」
「昨日聞いた」
扉まで歩いて最後に振り向き、此度は確実に口に出す。
信じた俺が悪いのだ。口に出して確認しなかったから。
「表から施錠はしない。但しこの扉から出るな、一歩たりとも」

そこまで言ってようやく初めて、俺が本気と判ったのだろう。
今更のように唇を噛み締めるその顔を見ても、気持ちは変わらない。

国境隊での女人禁制の不文律をこの方が破るだけでも、奴らにはさぞ居心地が悪かろう。
俺とこの方を慮り、口に出さないだけで。
俺が共に居ればまだしも、天人であるこの方が一人で姿を見せたなら、どうして良いか判らぬに違いない。
これ以上隊の則を乱す事も、鍛錬を遅らせる事も出来ない。
俺まで此処で頓挫すれば、何の為に来たのかすら判らない。

閉める寸前の扉の細い隙間から、あの方の姿が小さく見える。
揺れる白い花簪の一輪挿しの横、摘まれた花より首を垂れて。
後ろ手に閉めた扉に背で凭れ一度だけ深く息を吐き、そのまま姿勢を正して扉を離れ、矢場へと廊下を歩き出す。

怒ろうが泣こうが、今の方が良い。今ならまだ引き返せる。道は正せる。誰も喪ってはおらん。
失う前に泣くのと後に泣くのでは、後の涙の方がずっと辛い。
そんな涙は流させたくない。あの方にも、国境隊長らにも、他の誰にも。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

1 個のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    ものすごく怒ってますね
    ウンスはその意図わかるでしょうか
    わかってくれるとは 思いますが~
    ウンス的には 言い分を聞いてくれないので
    がっかりかな?
    でもさ
    あとで泣くのは イヤよね~

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です