2016 再開祭 | 春夜喜雨・弐

 

 

円い胡窓の戸を引いて雨降りの昏い窓外を眺めると、いつもは明るい目が翳る。
ふうと不安げな息を吐き戸を閉めると、その横顔が俺を振り返る。
「どうしても、帰らなくては駄目なのか」

小さく尋ねる声に頷き、卓前から何度目かの腰を上げる。
「はい」
窓際で夜の雨模様の御庭を睨んでいたキョンヒ様は、此方へ戻ると小さな手で俺の上衣の袖端を掴む。

「まだやんでいないぞ」
「霧雨です」
「でも濡れたら、風邪をひいてしまうから」

丸い黒い目に首を振ると、それ以上はこらえたのだろう。
キョンヒ様は我儘が飛び出さぬように、その下唇を噛む。

俯いた顔を隠す濡れたような黒髪に指を滑らせ、安心させるよう静かに撫でる。
幾度目かの往復で、ようやく拗ねた顔が上がる。
「チュンソク、困ってる」
「・・・また明日、参ります」

諭すような声に渋々頷くと、掴まれたままの袖口が小さく揺れる。
「早く、ずっと一緒にいられるようになりたいのに」
そんな駄々を捏ねた後、袖を引き留める指が離れる。

離したくないのは同じです。そうは言えずに息を吐く。

 

*****

 

春に降る雨はあったかい。
手裏房からの帰り道、雨の中を典医寺の薬園に向かって駆ける。

きっといるだろう、そう思いながら立木の影から覗き込む。
やっぱりあいつは軒下で、雨の庭の薬草を確かめるみたいに辺りを見まわしてた。
「トギ」

小さく声をかけるとその目が木の影に俺を見つけて、びっくりしたみたいに見開いた。
開けっ放しの典医寺の扉からもれる灯りが、夜を山吹色に染める。
その黄色い光の中に立つあいつに駆け寄る。

どうしたんだって、指が言う前から心配そうな顔が言ってる。
「雨が、降ったから」
こいつに安心させるために先に言う。
「ぬれて困る薬草があったら、摘むのを手伝おうと思った」

そう言った俺に、怒ったみたいな目が返る。
あんたが濡れる方がよっぽど心配だ。 早く帰って体を拭け。こんな夜遅くまで何してた。

怒鳴るみたいにすごい早さで、その指がそう言うけど。
「俺はいい。お前の薬草は、頑張って冬を超えたんだぞ。枯れたらかわいそうだろ。早く摘んじゃおう」

俺の声に黄色い光の中、困った顔でトギは頷いた。

 

*****

 

「続くな」

迂達赤の吹抜け。朝から薄昏い天窓を見上げて大護軍が呟く声。
俺も続いてその窓を見上げて頷いた。
「ええ」
「今は良いが」
「は」

烈しくはない。冬の渇きを潤すように降り続く、温かい春の朝の雨。
但し既に降ったりやんだりで三日三晩だ。

「土嚢は準備してあります」
俺の声に大護軍が頷く。
「但しこの雨脚なら、使う事はまず無いかと」
「ああ」

大護軍は天窓を見上げた眸を戻すと、吹抜けを横切り扉へ向かう。
「鍛錬は」
「兵を分けて、室内で行います。組分けは済んでいます」

おっしゃる事は察しがついている。
従いた俺が即答すると、先を行く大護軍が頷いた。
振り向いたりしなくても判る。
その口許はきっと満足気に、ほんの少しだけ笑んでいる。

「大護軍、隊長、すれ違わなくて良かった」
並んで兵舎を出ようとした俺達に、扉外からトクマンが駆け寄る。
「どうした」

先を行く大護軍が足を止め、従いた俺が確かめる。
「今、外門に内官がおいでです。大護軍と隊長を、王様がお呼びだと」

春雨に濡れ、肩で息をしながらトクマンはようよう告げた。

此度は大護軍も振り返らずにはいられなかったらしい。
心当たりは。
雨の軒下でその眸が訊いていらっしゃる。
全くありません。
さすがの俺も、この程度なら目で話せるようになっている。

 

 

 

 

4 件のコメント

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    キョンヒ様とチュンソク。
    テマンとトギ。
    此方にも素敵なカップルが
    居てましたよね(^^)
    どのカップルにも幸せな喜雨が
    降り注ぎますように❤

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    2組に続きキョンヒ様×チュンソク、トギ×テマンまで!!
    喜雨というテーマだけでこんなにお話が広がるとは…さらん様ワールド素晴らしいです!!
    益々続きが気になりますヨン♪

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    さらんさん、おはヨンございます❤️
    雨が続いてますね~!
    チュンソクとキョンヒ様、そしてトギとテマン
    それぞれ思いが溢れてますね。
    中々キョンヒ様の元を離れがたいチュンソクも
    ずっと一緒にいたいキョンヒ様も
    トギの大切な薬草を守ろうとするテマンも
    そのテマンの体を心配するトギも
    ヨンはチュンソクの仕事ぶりに満足し、長雨に紛れた問題でも発生しなければいいけどなぁ…

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