2016 再開祭 | 嘉禎・11

 

 

一本道の視線の先、小さな兵舎を囲む石壁が見えてくる。
其処まで近くなった頃、あなたは足を止めて振り向いた。
「ヨンア、変な音がする」
「はい」

周囲では草も木々も同じ方向へ倒れ揺れている。
地を震わせるように低く高く繰り返す、不思議な唸りと共に。
この方の亜麻色の髪も纏う長衣の裾も袖も、導かれるように烈しく前へとはためく。

「大護軍!!」
門を守る兵が俺達に頭を下げて迎え入れる。
「鳩が来た」
「はい!到着が早く何よりです」

兵に先導され、小さな兵舎の内へと踏み込む。
「大護軍!」
配置の官軍の奴らが立ち上がり、踏み入る俺に一声に頭を下げる。
「大事ないか」
「はい!」
「天門は」
「数日前から唸りと風、時折稲妻のような光が。
ただ自分は開いたところを見た事は無いので・・・あれが、開いているのか違うのか分からず」

部隊長が一歩出て、再度一礼してから言った。
烈しく吹き荒れる風。

他のどの兵舎より堅牢に建てた兵舎の窓を揺らす唸りに、眸を閉じ耳を澄ませる。

あの時はどうだった。これ程に唸っていたか。
光っていたのは覚えている。風が強く吹いていた事も。
音はあったろうか。

「怪しい奴は」
「街道からの道は一本です。来れば気づきますが、気配は無く」
「元側からの出入りに気を付けろ」
「はい、大護軍!」
「この方が来たと知られている門だ。開いたと知れば、恐らく奴らもくぐりたがる」
「は!」
「高麗の聖域だ。守れ」
「は!」
「それでも」

そこで声を切ると、兵たちが不思議そうな顔で此方を見詰める。
「守りきれぬと思えば、退け」
「・・・は?」
「命を捨ててまで守るな。たかが穴だ。逃げろ、良いな」
「て、大護軍」
「命令だ」

命を懸けて天門を守れとの王命は頂いていない。
ならば、兵達が犬死にしてまで守る事など無い。
万一破られ誰かが我欲を抱いてくぐっても、正しい処には導かれん。
そもそもくぐれんのではないか。奇轍のように。
そういう事なのではないか。

俺の声に驚いたよう、兵たちが戸惑った目を見交わす。
この方だけが晴れた笑顔で俺の横、この眸を見上げ確り頷いた。

その刹那。
今まで窓を揺らしていた唸りが水を打ったように止まる。
驚いた兵たちがその動きを止め、息を詰める。

あの頃倭寇を相手に海上で戦い、颱風の目の中に入った時。
あの静けさによく似ている。
荒れ狂っていた波も、烈しい横殴りの雨も、吹きつける暴風も。
その中に入った瞬間に嘘のように鎮まる、あの颱風の目。

静まり返った部屋の中、あなたが笑う。まるで何事も無いように。

「行こうか、ヨンア」
大好きな雨の中へと、暢気で楽しい散歩に誘うように。
「・・・はい」
差し出された小さな手を握り、頷き返す。

共に行こう。そして共に戻ろう。あなたの大切な想いの為に。
護るから心配するな。呼べば必ず答える。此処にいる。

最後に部隊長へと頷くと、奴は慌てて頭を下げる。
「・・・開いた、のですか」
「さあな」

それでも疑いもせずに部屋を出て行こうとする俺達に、兵の奴らが慌てて従いて来る。
兵舎を一歩出ればすぐに判る。

先刻までの唸りは嘘のように鎮まり、そして風は石垣を曲がった先へ吹いていく。

あの時と同じだ、まるで来いと挑みかけるように。
そして同時に、覚悟が無くば入るなと拒むように。
西に傾き始めた薄赤の春の陽のなか、はっきりと見える。
石垣の向こうから強く射す、眸に痛い程の蒼白い輝きが。

護るのはこの方。遂行するのは王命。共に行き共に戻る。
この方の切なる夢、大切な想いの為に。
そして開京で朗報を待つ、王様と王妃媽媽の御為に。
「行く」
俺の不在を守り、そして待つ奴ら一人一人の為に。

「入ればすぐ鳩を飛ばせ」
「は、はい!」
進む俺達の背に、官軍の奴らがぞろりと従く。
その胸裡の不安や心配が、乱れた沓音から読み取れる。
「そんな乱れた足で歩く兵があるか」
「本当に大丈夫なのですか、大護軍」
部隊長が背から、風に負けぬよう声を張る。
「おう」
「しかし・・・」
「文に書け。チェ・ヨンが天門をくぐった。ユ・ウンスを護り、必ず戻る」
「大護軍」
「信じろ」
「・・・はい!!」
今まで無言でつき従っていた奴らとは思えん。
大きく揃って返る声に、横のこの方が嬉しげに噴き出した。

石垣を曲がる。
目の前で大きく渦を巻く光、息が止まる程に烈しく吹く風。
あの時よりも眩しいかもしれん。そして風が強い。
初めて見るのだろうその光景に、官軍の奴らが息を呑む。
そしてその場で、俺は片手を上げた。

「此処からは来るな」
「大護軍」
「大護軍!」

足を止めた官軍の奴らを残し、この方と共に真直ぐ進む。
細い体など、この手を離せば呆気なく吸い込まれそうだ。
容赦なく吸い込む小石や枝を避ける為、この方の真横に被さるよう護りながら進む。

左掌に握る鬼剣。右掌の中の小さな手。
あなたの嵌める金の輪が、この掌の中で温かい。
最後に確かめるよう、俺を真直ぐ見上げる鳶色の瞳を覗き込む。
瞳を合わせたまま、あなたは大きく笑んだ。

最初に帰そうとした時の不安げなあなたはいない。
あの時あなたはおっしゃった。本当に帰れるの。どうすればいいの。
王命で掴まえた俺の腕の中、蝶のように、小鳥のように踠いて逃げ出そうとした。
そして約束を違えた俺は、この命で償おうとした。
鬼剣で腹を貫かれて、この場に捨て置けと言った。

自分の事だけ考える者だから、くぐれなかったのだとしたら。

小さな手を潰さぬよう、離れぬように握る。
最後に笑み返すと、俺は光の渦へと一歩踏み込んだ。

 

 

 

 

7 件のコメント

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    さらんさん、こんにちは♪
    嵐の前の静けさだったのかな
    ヨンとウンスを待ち構えていたかの様に絶妙に開かれた天門
    固唾を飲んで見守る兵達が目に浮かびますね
    二人ならどこに行っても大丈夫
    必ず共に帰るという強い気持ち
    初めてウンスを迎えに行った時とは違って今度はいろんな物を目にし、身体で感じる事でしょう。
    天界デート楽しみですね♪
    リクの題名から察する単純なお話ではなく、やはりさらん節のお話にはいつも度肝を抜かれます。
    だから惹かれて止まないのですよね(*Ü*)ﻌﻌﻌ♥
    これからも展開に目が離せません(๑•̀ㅂ•́)و✧

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    さらんさん~~
    ハラハラ!ドキドキ!
    天門は、ウンスが来るのを待っていたように開きましたね(^^)
    「命を捨ててまで守るな。たかが穴だ。逃げろ、良いな」
    ヨンの言葉に痺れます❤

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    コメントページ、間違ったかもしれないので再度
    ヨン、ウンス、行ってらっしゃい!
    ヨン、ウンスをしっかり抱き締めてあげてね。天穴の中は、すごい勢いだったような・・。
    二人離れず行き、二人離れず帰ってきてね!

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    行ってらっしゃい(⌒‐⌒)
    そして、お帰りなさい!
    滞ることなく、ウンスの思いが願い事が、かないますように。
    恙無く、ヨンが最初に捕らわれた思いが昇華できますように。(’-’*)
    二人が幸せでありますように。(⌒‐⌒)

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    二人の絆と、ここまでのお話だけで感動です(//∇//)
    さらんさんは、本当にすごいです。o(^o^)o
    すごく、幸せだぁ(~▽~@)♪♪♪
    疲れた心が、癒されます。ありがとうございます(//∇//)

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    さらんさん、こんちには。
    ヨンとウンスに一言だけ。
    「いってらっしゃい、帰って来るの待ってるね!あっ、、、道中、ケンカしたらダメだよ!」
    長い一言になっちゃいました(笑)
    ウンスが言ってた「私が一緒にいたい」は自分の欲があるということに成程なって心にストンと落ちてきました。
    相手の事だけを想うって本当に難しいですよね( ´ー`)

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