先刻までヨンたちが凭れていた木の幹に手綱を結ばれ、仔馬は足元の草を食んでいる。
その咀嚼の音に紛れるように同じ卓を囲むチェ・ヨンに、向かいの儀賓が頭を下げた。
「本当にお恥ずかしい、大護軍」
「大監。御顔を」
「いや、何度詫びても気が済まぬ。申し訳ない」
周囲から向けられる好奇の視線も気にしないのか。
頑迷に頭を下げた後、ようやくそれを上げ儀賓が切り出した。
「恥の上塗りだが、愚かな弟が厩舎を建てるまでの間、仔馬を預かってもらえぬだろうか」
「大監」
「大護軍ならここに居る誰より馬の扱いには慣れておろう。そなたにしか頼めない」
・・・それはチュンソクを前に言うべき言葉だろうか。
チェ・ヨンの頭にそんな考えが過る。
しかし儀賓はすぐに気づいたように言い添えた。
「本来ならば迂達赤隊長に頼みたい処だが、それでは迂達赤の厩舎を借りる事になる。
これ以上生家の恥を、皇宮で晒すのは忍びない」
確かに言う通りだとチェ・ヨンは眸で頷き返す。
自宅を離れ迂達赤兵舎で暮らすチュンソクが預かれば、仔馬は迂達赤の厩舎に預ける他ない。
儀賓は姿形だけでなく、弟とは違って頭も切れるようだ。
一言でチュンソクの面子を救い、ヨンが断れぬように先手を打った。
夫の声を引き継ぐように銀主公主も向かいのチェ・ヨンとウンスを見ると
「過日敬姫の事でも、散々煩わせたというのに」
これで公主にまで頭を下げられては、却ってこちらの立つ瀬がない。
ウンスが心配そうな顔で、横に座るチェ・ヨンの掌を卓の下で握る。
卓下で感じるこの温かな指先は、何を意味するのか。
ヨンは視線を下げ、自分の手に重なった小さな手を見詰める。
断れか。引き受けろか。
掌だけでは区別がつかず、視線を上げて横のウンスと眸を合わせる。
鳶色の瞳が一度だけ瞬きをすると、白い顔がこくりと頷いた。
そうしてまた面倒を引き受けろとおっしゃるか。
相手が判院事のあの時ならまだ言い訳は利いたとチェ・ヨンは思う。
あの時なら、大切な仔馬を預かり責任が持てぬと言い逃れも出来た。
言下に断らなかった事を今更悔いても遅い。
今や相手は公主と儀賓。王族に頭を下げられ拒否すれば不敬の罪に値する。
そして何よりウンスが頷いた。確かめてしまえば逃げ場はない。
視線を正面の公主、そして儀賓へと戻すと
「・・・畏まりました」
声に落胆と怒りが滲まないよう注意しながら、ヨンは低く呟いた。
そしてチュンソクが敬姫の横、ヨンの返答に顔を顰めた。
*****
「ヨンさん、それは」
コムが絶句するのも当然だ。自分でも呆れているのだから。
帰宅の門前で牽いた仔馬を見る巨きな男に、チェ・ヨンは黙って頷いて見せた。
「まさか、買ったんですか」
「・・・いや」
差し出された大きなコムの掌に仔馬の手綱を預けると、それ以上の声なくヨンは門内へ進む。
ウンスは困ったようにコムへ笑い掛け、小走りでヨンの背を追い続いて門内へ駆け込んで行く。
如何にも機嫌の悪そうなヨンの荒い足音が離れていく。
二の句を接げないまま、コムは仔馬を牽いて厩舎へ向かう。
既に嗅ぎ慣れない仔馬の匂いを感じたチェ・ヨンの愛馬チュホンが、厩舎の馬房で上唇を捲り上げ周囲の匂いを確かめている。
チュホンは主によく似ている。賢く強いが、滅多な事では余所者には気を許さない。
心を開けば優しく穏やかだが、それを見るまでは相当に根気と長い付き合いがいる。
相性が合えば良いが。
コムは不安になりながら仔馬の仮寝の床を拵えようと、馬房の仕切りの重い横木を軽々と持ち上げた。

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もう拒否れない…ぐぬぬ
仔馬がかわいそうね
人が大勢いるところに いきなり連れてこられて
落ち着かせてくれる ヨンに連れられて 来てみたら…
大きな馬が…
チュホンも ウンスのお願いなら
きいてくれるかしら?