2016 再開祭 | 想乃儘・柒

 

 

拝謁に伺った康安殿。
飾り窓から臨む皇庭の景色は、伺う度に春を濃くしていく。
もう幾度か伺えば、咲き始める春花や芽生え始めた新緑が眸に入るだろう。

各邑郡守と東西大悲院から上がった報告を纏めた文書をお届けした俺は、それに御目を通す王様を前に
「凍死病死の極端に多い村は、手裏房に確認に向かわせております。
必要ならば今後官軍を。王様より御命じ下さい」

それだけ言ってあとは無言で着席していた。
程無くして文書を伏せた王様は御目を上げ、低い声でおっしゃった。
「村によってこれ程に被害の数に差が出るとはな。予想以上だ」

それが現実だ。海や川のように一度濁った水の浄化には気が遠くなる歳月を要する。
再び清らかな水を取り戻すには、底の汚泥を残らず浚うしかない。

「御苦労であった、大護軍。気になる邑はまず郡守を直接呼び出す手筈を整える。
それでも隠蔽するようならば官軍に命じ、蔵を開く。
それでも改善なくば、郡守の交替も考えよう」
「は」

忠臣。私心なき信を貫き、王様と国に義を以て仕える忠臣が要る。
一刻も早く。そうでなければ苦しみ泣かされるのは民だ。

民に行き渡る食糧を貯え、国を守る兵を置き、民の信を裏切らぬ事。
その三つこそが聖君の資質と孔子は言った。
民を守らぬ王に民が従いて来る事などない。
その最初の民になった今の己に成せる事。民の為、国の為、王様の御為に今、俺が出来る事は。

窓の外、春は近い。忠臣に目星をつけても接触する暇がない。
顔に出さず内心で焦る俺に、王様は御声の調子を変えられた。
「医仙と共に、数日休め」
「なりません」
即答した俺に眉を寄せ、王様が御首を振られる。
「この冬はそなたも医仙も休む暇がなかったろう。春に雪が解ければその暇もないぞ」
「では、医仙にのみ休暇を」
「そなたはどうするつもりだ」
「各衛の鍛錬が」
「それならば迂達赤隊長やアン・ジェ護軍でも出来よう」
「眸も手も多いに越した事なく」
「大護軍」
「王様」

後で悔いても遅いのだ。
戦場で大切な朋を、家族を亡くし、冷たい土の中に永遠に眠る奴らに心の中で詫びても遅い。
最善を尽くし守りきれなかったと詫びるのと、成すべき事を見過ごして死なせたと詫びるのとでは天地ほども違う。

あの方を護れる男。兵を率いる最良の長。王様に忠誠を誓う民になりたい。
その慾は強く烈しく涯も無い。既に慾を超えて業なのかも知れん。しかしそれが俺だから仕方ない。

俺の頑迷さを御存知の王様は翻意を諦められたか、呆れた御様子で此方を御覧になった。
「チェ・ヨンよ」
「は」
「医仙と共に何かしておきたい事は、本当にないのか。春になる前に」
「・・・・・・」

ようやく好きなだけ眠れるようになるあの方を抱いての朝寝。
日々温みを増す陽射しの許、彩で溢れる春景色の中の散策。
一斉に芽吹き始める庭の薬草や薬木を共に並んで手入れするのも、雪解けと共に活気を取り戻す市で買い物するのも良かろう。

部屋も庭も全てを白く光らせる陽の中、あの笑顔が見たい。
あの方の香に何処か似た春風の中、名を呼ぶ声が聞きたい。
気に入った品を見つけたあの方が市ではしゃぐ姿を見たい。
それ以外には何も要らない。手に入れたいものは何も無い。
欲しいのは形に出来ない、何があろうと忘れられない、思い出すたび心を抓り笑みを浮かべさせるもの。
それは特別な事をせずとも、ただ共に居るだけで心に積もる、決して溶けない清らかな雪のようなもの。

春の雨や夏の朝靄、秋の月のように幾度見ても飽きぬもの。
見る度に形は変わっても、芯は決して変わらぬ美しいもの。

そういうものが欲しい。形あるものはいつか壊れる。
其処に有形故の美しさを見出すような悟りを開くには、俺は雑念も煩悩も多過ぎる。

この心に仕舞うものは誰も壊せず盗めず、手出しする事も出来ない。
この命の限り何度でもその鍵を開け、宝珠の如く取り出して慈しむ。
俺だけのものにしておける。今のあなただけでなく、以前のあなたもこの先のあなたも。

どうしようもない業だ。あなたの全てを俺のものにしたい。
所有するなど傲慢な思い上がりで、無理と判っているのに。
返答は判っているのにそれでも幾度でもあなたに尋ねたい。
愛している、あなたも愛しているか、同じ程深く熱いかと。

だからこそあんな風に容易く出入を禁じられれば腹が立つ。
俺はいつもあなたの傍に居たいのに、あなたは違うのかと。
俺の為を慮っての事だと頭では判っても、得心はいかない。
二人きりで過ごせる刻は、瞬きの間でも俺は惜しいのにと。

戦場に軍医としてまで従いて来させて、心を傷つけている。
見たくも知りたくもないだろう俺の姿を見せ聞かせている。
春にはそんな日々が戻って来る。敵は数えられぬほど多い。

北には元、紅巾族、南は倭寇、そして懐には腕を喪った鼠。
開京に居てもいつ何処で誰が敵に廻らぬとも判らぬ皇宮で。
物分かりの良い男の振りをしても、結局俺は春の穏やかで温い陽だまりのような安らぎは与えてやれぬのかもしれん。
与えてやれぬからこそ、せめて二人でいる時には特別な事はせず、普通の夫婦の如き日々を過ごしたいのかもしれん。

そんな肚裡をまさか王様の御前で口にするなど有り得ない。
黙ったまま眸で追う飾り窓の向う、散り際の見事な梅が咲いている。
そうだな。梅ですら想いの儘には咲けぬのだ。
俺のあの方への心が想いの儘になる筈が無い。

「ございません。今は春からに備えたく。
各衛の武具の状況次第では巴巽村へ、また碧瀾渡のチェ・ムソンへの繋ぎも要るかと」

巴巽村。長、そして鍛冶、あの衛の大斧遣い、そして若き領主。
奴らの助力が必要だ。門外不出の鍛冶の技。若き領主の統率力。
王様に捧げるなら善し、その気がないなら策を練らねばならん。
俺とあの方だけがあの比類なき鍛冶の技を享受する訳にいかん。

そして碧瀾渡の火薬屋ムソン。あの男が必要だ。
少なくとも俺に向けるあの笑顔にも、真直ぐな声にも偽りはない。
それを王様へ捧げるなら善し、二心在らば火薬屋故に危険がある。

あの馬鹿共が、今は俺にしか見せず知らせぬその本音と忠心。
だが捧ぐべきは俺では無い。目の前におわすこの若き王様だ。
忠臣となるなら善し、奸臣となるならこの手で退けねばならん。

春が来る。寒さに耐えた全てが息を吹き返し、日毎に動き出す。
俺は俺の成すべき事を。俺の唯一つだけの大切な笑顔、その心と体どちらも護る為に。
春夏秋冬、巡る季節の中でいつでもあなたの笑う国を作りたい。
それこそがこの涯無き慾、この業の行き着く先だ。

いつでも腕の中で笑って欲しい。この眸を見上げて言って欲しい。
小さな手で俺の指を握り締め、甘えるようにこの胸に背を凭れて。

私の旦那様は最高ね。

その一言が聞けるのなら俺は何処へでも駆け、何でもするだろう。

頑として譲らぬ俺の答に頷くと
「確かにな。特にチェ・ムソンへの繋ぎは是非とも早急に進めたい。
ではそなたの望み通り、医仙に暫し休暇を差し上げよう」

王様はようやく折り合いをつけるよう、静かな御声でおっしゃった。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    一緒に おやすみもらえばいいのに~
    ヨンらしいといえば ヨンらしい
    ウンスが お休みならば
    ヨンだけの ウンスになるから
    ま、お望みどおりの 独り占めはできるかな
    とにかく 大事なウンスに 
    ゆっくりさせてあげたいのよね~

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    最近いつも「失敗しました」になってしまうのです。
    他のブロガーさん所も。
    一度更新してから改めて押すと成功するのだけれど、押されてなかったらミヤネヨ~

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    さらんさんこんばんは。
    ヨンはがんこですな。。。
    誰に似たのかしら?(  ̄▽ ̄)
    でもそこが素敵なんだよね♪♥
    ヨンがウンスへの気持ちを
    語るときには一人で
    ニマニマニマニマ(///∇///)←ジツニアヤシイヒト
    お話
    ありがとうございます(*^^*)

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