2016 再開祭 | 紙婚式・拾捌(終)

 

 

透き通る朝陽の中、山並の頂はまだ秋霧に霞んでいる。
開京よりも寒い巴巽村の景色は、既に晩秋の色を纏う。

山道の下から届く川の潺の響く中、擦れ違う民らがこの方に笑んで通り過ぎる。
「おう、早いな大護軍!よく眠れたか、ウンス」
門番の男が大斧を上げ、道の向こうで手を振って見せる。
「・・・ああ」

その挨拶に答え頷く俺の横、この方はそれに負けぬ程の大声を張り上げた。
「おはようございます!はい、ぐっすり」

一。

その間にも朝仕事に出掛ける為に道を行く民らの声が続く。
「お早うございます大護軍様、奥方様」
「おはようございます!」

二。

「大護軍、奥方様。お早うございます。鍛冶が工房で待っております。長との話の後、寄って頂けますか」
「はい!村長さんにお会いしたらすぐ行きますね」

三。

赤や黄に色づいた木々は半ば葉を落とし、半月もすれば池も氷を張り始めるだろう。
冬に訪れるのは厳しかろうが、一度この方に見せて差し上げたい。

遮るもののない一面の雪野原。この方の好きな初雪の中に、並んだ足跡を刻みたい。

ああそうだ。この方に挨拶の声を掛ける男さえ居らぬなら。

村の中央の長の庵前、そんな男らが俺達を認め頭を下げる。
「お早うございます、長がお待ちです」
「大変!長くお待たせしちゃいましたか?」
「いえ、長が待ちきれなかった様子で」
「領主も既にご到着です」

四、五、六。

その庵に入ると、昨夜と同じ面々が同じように俺達を出迎える。
「お早うございます、大護軍、医仙様」
「お早うございます、長さん!お待たせしてごめんなさい」
「とんでもない。早々にお呼び立てし、申し訳ありません」

村長とはいえこの方の笑顔が向けば同じだ。七。

「おはようございます、みなさん」
「お早うございます」
「お早うございます、大護軍、医仙様」

其処に居並ぶ村の長老ら、そして関彌領主セイル。合わせて五人、これで十は優に超えた。
「大護軍」

セイルが怪訝な表情で、この方の前に半歩出た俺を見遣る。
「何かありましたか」
「・・・まあな」

不機嫌極まりない俺の唸り声に、セイルと長らは顔を見合わせた。

 

*****

 

「し、信じられない!!」
長の庵を出た途端、この方が小さな声を上げた。
「昨夜おっしゃった」
「そうね、言った。確かに言ったわ。たまには聞きたいってそう言いました。
だけど極端すぎるんじゃない?いきなりあんな風に立ちふさがって、長さんも領主様もビックリしてたじゃない」
「ええ」
「だから私が言ってるのはそういう、あなたの経歴を邪魔する時じゃなく、こうほんとに・・・ちょっとスパイスとして」
「そんな器用な」
「だいたい、10回に1回って言ったじゃない!いつよ?いつの間に累積回数が溜まったの?」
「今朝方」
「今朝って、起きてすぐ長さんのお家に直行したじゃない!」

見た事か。だから昨夜確かめたろう。数えるのかと。
そうして欲しいと言われたから、わざわざその笑顔を向けた男の頭数を数えた。
数に間違いはない。これでも少なく見積もった。

正直な告白に呆気に取られた顔で、この方が呟いた。
「今朝、だけで、10回?」
「はい」
「・・・ヨンア」
「はい」
「もしかして、こないだチュンソク隊長と」
「十と一回です」
「はい?」
「俺以外を隊長となど」
「そうなの?」
「ええ」
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」

単刀直入な問いに暫しこの足が止まる。
それにつられてこの方も足を止め、俺の顔を仰ぎ見る。

秋の陽が美しい。それが透かす紅葉が美しい。
秋風も美しく、その中に立つ俺のこの方が何より美しい。
婚儀を挙げ一年を経て、この方はより一層美しくなった。

「イムジャ」
「うん。なぁに」
「呼ばねば良い」
「はいっ?!」
「用などない。呼ばねば良いのです」
「え、だって・・・そういうわけには」
「用向きは俺が伝えます」
「そんなわけにはいかないでしょ?伝言ゲームじゃあるまいし」
「いきます」
「ちょ、ちょっとヨンア!」

言いたい事だけ吐き捨ててその小さな掌を握り、再び歩き始めた俺の脇、この方が小走りについて来る。
「それから」
この方が並んだのを確かめて足取りを緩め
「申し訳ありません」
唐突に伝えた詫びに、この方が首を傾げた。

「なにが?」
「逗留の件」
「逗留?って」
「暫し村に留まります。あなたの針と硝子瓶が出来るまで」
「えええっっ?!」
あなたの声に驚いた秋鳥たちが、道脇の木立から騒々しい羽音を立て一直線に飛び去った。

「どうして?どういうこと?!」
「王命故」
「そればっかりじゃない!いつ?いつからそんな予定で」
「さあ」

曖昧に片頬で笑むと、この方はその場で再び歩を止めた。
動かなくなった小さな掌に引張られ、俺も歩を止め横を見る。
「如何しました」

その表情に不安が過る。怒るでもない、呆れるでもない瞳の色。
見慣れぬ巴巽の秋の蒼穹の許で見るこの方の瞳の色は、開京で見る色と何処か違って映る。

怒っているなら怒鳴れば良いし、呆れているなら言えば良い。
だから慣れぬ事はするものではない。
正直に悋気を伝えたから、この方はこんな視線を向けるのか。
狭量な男だ、付き合っていられぬと。
それとも逗留の一件を黙っていた事が気に障ったのだろうか。
欺かれたと、嫌いな嘘を吐かれたと。

「・・・イムジャ」
詫びが先か。それとも説得か。
悋気の件は、あなたの望んだすぱいすを使ってみたかった。
逗留の件を黙っていたのは、喜んだ顔が見たかったのだと。
何方も言い訳じみている。俺の性には合わぬ。

躊躇う俺を見詰めるその無表情な瞳が、突然三日月に笑んだ。
そしてこの方は胸の中に飛び込むと、細い両腕をこの胴へきつく回して抱き締める。

「私の旦那さまは、やっぱり最高!!」

胸からこの顔を見上げる鳶色の瞳の中、俺と秋の空と、そして透き通る陽射しだけが映る。
きっと今この方が見ているのはそれだけなのだろう。
そしてその瞳が覗き込む俺の眸には、あなただけが映っているに違いない。
俺はいつであろうと、あなた以外は見えないから。

「鍛冶との話の後、散策に」
「ほんと?」
「ええ」
「じゃあ早く終わらせよう!」

途端に機嫌を直したこの方は俺の手を引き、紅葉を敷き詰めた道を駆け出した。
ようやく胸を撫で下ろし、その掌を握り直して俺も歩を早める。

慣れぬ事はするものでない。もう二度とこんなばつの悪い思いはしたくない。
男心に疎いこの方に惚れ抜き、待って待った日々の果て、ようやく娶ったのは己自身だ。
ならば悋気の黒い焔くらいは己で片を付けろと、己自身を戒めながら。

 

 

【 2016 再開祭 | 紙婚式 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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7 件のコメント

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    ヨンってばどんだけ~
    この調子だと数えるだけで疲れるよ(苦笑)
    まぁ、それほどウンスを愛してるのね
    ほんとこんなに愛されて羨ましいわウンス!!

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    ウンスには 意外だったのかしら?
    ヨンがこんなに嫉妬深いとは…
    ウンスに内緒にしてたことも
    ウンスに怒られるんじゃないかと
    ヒヤヒヤしてたの? かわいいわね♥
    ウンスだって 二人きりで
    ゆっくりしたかったんですもの
    よかったね 新婚1年目しあわせでした。
    2年目はもっとしあわせでありますように( ̄▽+ ̄*)

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    ウンスは幸せ者だわ
    面倒で大切で愛おしすぎて、居なくなったら生きていけない…ってハネムーンで言ってたもの❗️
    ずっとずっとずっと幸せに過ごして欲しい❗️
    ヨンとウンスのラブラブは、私の心の栄養なので

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    ヨンのヤキモチ加減と妬き方が最高です❗️
    あ~何度生まれ変わったらこんなに素敵なオトコに
    愛されるオンナになれるのでしょう。
    2回目の記念日のお話もヨンでみたい
    まずは紙婚式、またじっくり読み返します❤️❤️

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    とーーーっても幸せな気持ちになれるお話ありがとうございました!
    こんなステキな結婚記念日わたしもヨンと迎えたい❣️
    しかもヨンのヤキモチが笑っちゃうほど楽しくて最高でした。
    10になるのはやっ
    しかも隊長で11になってるし笑笑
    お互いのプレゼン交換は感動しすぎて頬が緩みっぱなしで、やっぱりこの2人は最強です
    前話の星の数ほどの口づけを妄想しながら仕事をしていたら月曜日の朝から幸せでした❣️

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    さらんさま
    と~っても素敵な結婚1周年でした!
    幸せそうな2人にニヤニヤを止められず。
    贈り物も素晴らしかったです。
    ホントに2人らしくって・・・。
    何度も読み返してしまいそうです‼

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    幸せな結婚一周年♡
    このヨンさんは、無口だけれど、やっぱりもっとわかりやすい
    態度や口に出さねば、思いの万分の1も伝わらない
    でしょうねえw 男心に鈍いから、周りがいくら
    気づいていても、本人は想われてると全く考えない。
    慣れてきて相手が自分を想ってることがわかっても
    言葉も態度も薄ければ、きっと寂しさが残る。
    短い人生、せっかく出会えた運命の相手、他人だから
    こそ、言葉で伝えなくちゃ、ね(^_<)-☆
    などと考えさせられました(*'-'*)

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