「お、お兄さん。軽く言ってますけど、じゃあその服のまま、どこに」
「それを考えておりました」
私はともかくとして副隊長の鎧は問題だ。明らかに人目を引き過ぎる。
さすがに人波に紛れる訳にも行かない。
こうして一先ず大金らしきものを手に入れ、当座の目途は立った。
「この近くに、旅籠は」
「はたご?」
「・・・ええ、夜眠る部屋を貸す、布団のある場所で・・・」
「ああ、ホテルですか?」
「ほてる」
「ホテルならたくさんありますよ。予約しますか?」
「はい」
夜眠る布団。この寒さを凌ぐ屋根。これだけはどうにか確保せねばならない。
そして衣。これ程人目を引かぬ何かを手に入れる。
先程教わった、その金の価値が判った。
懐の中に仕舞いこんだあの厚みなら、それほど苦労はせぬかもしれない。
「ちょっと待ってて下さいね」
彼女は素早く席を立つと、先刻まで立ち去る前の客が足を止め金の遣り取りをしていた扉脇の卓まで駆け、小さな冊子を手に戻る。
「はい、観光パンフレットです」
息を弾ませ差し出された冊子に
「ありがとうございます」
頭を下げて、そのまま受け取る。
広げると天界の文字や見知らぬ文字の他にも、漢文が記されている。
これならどうにか読み解けると冊子を目で追う私を見詰め
「・・・大丈夫そうですか?」
女人は不安そうに私の表情と手にした冊子とを交互に見比べる。
「ええ、どうにか」
所々判らぬ文字はあるものの、表の通りに溢れる天界の文字よりは余程意味が通じる。
頷いた私に女人が頷き返し
「じゃあ、ホテルを選んで下さい。予約の電話を・・・」
そこまで言って首を傾げ
「どれくらい滞在するご予定ですか?」
尋ねられて、副隊長と目を見交わす。
どれくらい此処に居る事になるのか、見当もつかない。
奇轍が見つかるまで。それは確かだ。ただその時に万一、もう天門が閉じていたなら。
「ひとまず、七日程」
考えても詮無い事だ。信じる。私達は高麗に戻らねばならない。
互いに置いて来たものは大き過ぎ、そして心配の種は尽きない。
戻る定めであったなら、天が必ず戻して下さる。
そう決めて目の前の向かい合う女人に伝えると
「一週間?長いですね。それなら長期滞在型のアパートメントホテルの方がいいのかも・・・でも」
声を切ってその顔を上げる。
「そんなにきれいでなくても、気にしませんか?」
「全く」
副隊長が初めて声を上げ首を振る。
私がそれに同意するよう頷くと、彼女は私の手の中の冊子を眺め
「節約できるところは、節約した方がいいですよね・・・」
そう言って一人、納得したように頷いて立ち上がった。
「ちょっとだけ、待っててくれますか?」
いつの間にか空になった私達の茶碗の中身を確かめると、その二客を盆の上に戻し
「叔母さーん!」
載せた茶椀ごと盆を抱え、彼女は呼びながら店の奥へと戻って行った。
*****
「あらららららー」
程無くし、店内の客の出入りが途切れた処で。
厨の奥から賑やかに言いつつ出て来た女人は、声の印象よりも若く見えた。
初めてお会いした頃の医仙のような紅い髪で、先刻の若い女人との血縁を探すのは難しい。
副隊長が私の横へと席を移り、正面に二人の女人が並ぶと尚更だ。
若い女人は小作りな顔に太く柔らかい眉、黒い髪を馬の尾のように結わいている。
後から出て来た女人とは鼻も目も頤も、形が全く違う。
「ずいぶん良い男が二人、凄い衣装ね」
後から合流した女人はそう言いながら人の好さそうな笑みを浮かべ、私と副隊長を比べ見た。
「ホテルを探してるんですってね?」
「・・・はい」
「着替えもないって?」
「ええ」
私達の纏う長衣と鎧を呆れたように眺めると
「よし!ソナ」
叔母さんと呼ばれた女人はようやく私たちから目を外し、隣に腰を降ろす若い女人に笑んだ。
「この人達に、うちの屋根部屋を貸してあげよう」
「いいの?叔母さん」
「うん。あんたが良いなら良いわよ」
若い女人は高い悲鳴のような声で叫ぶと、隣の女人に抱きついた。
「ありがとう、叔母さん!!」
「良いよ良いよ、あんたが嬉しいなら」
その女人を抱き締め返し、叔母さんと呼ばれた女人は幾度も黒い馬の尾のような髪を優しく撫でた。
何が起きたのか、何を話しているのか判らない。
ただ目前に並ぶ二人の女人が、大層嬉し気な事だけは判る。
首を傾げ横の副隊長へそっと目を流すと、副隊長も呆気に取られたように私を横目で見返した。

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PASS:
日頃の行いといいますか
この二人… もってる。
ラッキーですね
親切な お姉さん&おばさんに
巡りあえるなんて
これで 服と寝床は確保!
何だか キチョル組が心配になってきました。
(^▽^;)