2016再開祭 | 茉莉花・柒

 

 

「此方は迂達赤隊長、ぺ・チュンソク様」

本来なら最も高位のチェ・ヨンから紹介するのが慣わしだが、敬姫は仕来りよりも恋心が先走ったらしい。
チェ・ヨンより先に名を挙げられたチュンソクは冷や汗をかきながら無視するわけにもいかず、敬姫と並ぶ少女に会釈する。
その顔に屈託なく笑い返すと、少女は呼んだ。
「チュンソク」
「これ!呼び捨てにするでない!」

今日の敬姫は随分と手厳しい。
父親同士が兄弟という気安さもあるか、少女に向けて血相を変えると、厳しく小さな声を張る。
娘大事の判院事であっても、公主の娘姫、王の姪とは立場が違う。
判院事も敬姫の声に同意するよう、福々しい顔に精一杯、恐ろしいと本人が思うらしき表情を浮かべて言った。
「敬姫様のおっしゃる通りだ。控えなさい、琴珠」

敬姫はそんな判院事を一顧だにせず、少女に向かって諭す。
「チュンソク様じゃ」
「だって、ねねがチュンソクと」
「私は良いのだ。そなたは呼び捨てにしてはならぬ」

敬姫は丸い小さな顎を上げ得意げに言うと、そこから流し目を伏せて少女を睨んだ。
「・・・チュンソク様」
「そう。そしてこちらが迂達赤大護軍、チェ・ヨン様」
「ちぇ、よん様」
これが今日の主役、判院事の一人娘であろうと見当を付けたヨンが小さく顎を下げる。

見事な綾絹の胡風の衣を纏い、まだ結い上げる事もない長い髪を緩く背へ流している少女。
まるで黒い珠を嵌め込んだような双眼が輝いたと思うのは、己の考え過ぎだろうか。
「あなたが、チェ・ヨンさま」
「そうじゃ。皇宮の武臣の中でもとても偉い方、王様の御信頼も大層篤い」

敬姫は無表情のチェ・ヨンの視線を避けるよう、チュンソクの背中に半歩隠れてその耳にだけ届く声で呟いた。
「ちょっと、怖いけれど」
チュンソクは敬姫の呟きに応え、大丈夫だと示すように肩後ろへ笑い掛ける。
敬姫はその微笑みに励まされるように、最後の一人を掌で示した。
「そしてこちらはチェ・ヨン様の許婚、医仙ユ・ウンス様」

その瞬間の、幼い少女の顔に浮かんだもの。
チェ・ヨンの胸に、何故か厭な予感が過る。
今まで幾度か見た事がある。そんな女人の顔を。
自分に向けられたものも、他の男に向けられたものもあった。
だが思い直して首を振る。考え過ぎだろう。
話からするに齢六つの、洟を垂らしていても不思議ではない子供だ。
悋気などが聞いて呆れる。そんな心が判る筈もないと。

敬姫の紹介に微笑んで、少女に誕生祝の声を掛けようとしたウンスの口が中途半端に開いたままで固まった。
そして同時にチェ・ヨンとチュンソク、敬姫もが。
ウンスが何か発する前に、少女がウンスの顔を見てあからさまに顔を歪め、吐き捨てた一言に。

「・・・っ赤いなんて、変な髪っ!」

 

*****

 

まさかこんな事になるなど予想もしなかった。
「チェ・ヨンさま」

呼ばれながら宴の間中、主役に付き纏われるなど。
チェ・ヨンは既に此処に来た事を心底悔いながら、声と視線から逃げていた。
周囲の参列者たちは微笑ましい光景だとでも思っているのだろう。
所在ないチェ・ヨンが宴の人波を進めばその後を、止まれば足許で。
再び歩き出せばその衣の裾を掴むようにして、クムジュは飽くまで延々と、チェ・ヨンの後を追って来る。

撒くには人目が多過ぎる。
ようやく人波に紛れて少し距離が出来ると安堵の息を吐いたチェ・ヨンの耳に人波の中から絶叫が響く。
「チェ・ヨンさまーっ、どこーっ!」
呼び声に周囲の誰かがその機嫌を阿るように、チェ・ヨンの方を指で示す。
クムジュは人波を大急ぎで駆けて来ると、ようやく見つけたチェ・ヨンに再び纏わり付いて来る。

「一人で行ってはいけません、チェ・ヨンさま」

たかが六つの少女に、そんな風に訳知り顔で言われるとは。
襁褓が取れたばかりのような少女に諭され、返す言葉もないままにチェ・ヨンは無言で太い息を吐く。
そしてヨンらを招待した当の判院事は、そんな娘の姿が可愛らしくて仕方がないらしい。
止めるでも諫めるでもなく、庭に設えた大卓からチェ・ヨンとクムジュの鬼遊びを満面の笑みで眺め
「済まんのう、医仙。あのような事になるとは」

言葉とは裏腹に全く謝意の籠らない声で横に座るウンスに言うと、逃げるヨンと追い掛けるクムジュを目で示す。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    分かっているけれど、クンジュちゃんの行動を、こんなオバサンなのに広~い心で見られない。
    ヨンが強く拒めないのも、相手の立場がお高い…からですものね…。
    ウンスまで馬鹿にされちゃいました。
    普通~の人が相手なら、ヨンは、必ずウンスを護っているはず。
    なのに…、この状況ではできない。
    このあとウンスは、ますますやられるのね。
    クンジュちゃんの我儘、暫くは目をつぶって見ています…が…
    最後は必ず、分からせてくださいね。
    たとえ相手が幼子でも、高貴な方でも、ヨンの大切な、愛する女人はウンスだけって!
    馬鹿にされてるウンスが、可哀想…
    ヨンの心には、ウンスだけなのですから。

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