2016再開祭 | 茉莉花・陸

 

 

薬草を裁断するその手許が珍しく疎かになっている。
皆判っていても、ウンスに指摘する気にはなれない。
裁断機の重い刃先でウンスが指でも切りそうで、全員気が気でない。

先刻から何度目になるのかすら数えられない。
はぁ、と大きく吐いたウンスの溜息を聞き、居合わせた部屋中の医官と薬員は困った様子で顔を見合わせる。
先日喜び勇んで大護軍、そして迂達赤隊長と共に外出すると言い残し、晴れ空の下を迎えに来た大護軍らと弾むように典医寺を出て行ったというのに。
翌日以来こんな調子で、典医寺の中は重苦しい空気に包まれている。

目を閉じても見え耳を塞いでも聞こえて来る皇宮の噂。
どれだけ同僚のウンスを庇いたくても相手が悪過ぎる。
皇宮一の勢力を誇る判院事では、自分らの力は及ばない。

それでもあまりではないか。あまりに酷すぎる。
いくら相手が名門貴族とはいえ、ウンスは自分らの大切な仲間だ。
責めるような視線は最終的に典医寺の長、キム侍医へと集中する。

侍医も充分判っているのだろう。
その視線を一身に受けると頷いて、手元の薬草を見る事も裁断機を下ろす事も忘れて空を睨んだウンスに静かに近づいて呼んだ。
「ウンス殿」
「・・・あ」

キム侍医に呼ばれて初めて目の焦点を戻したウンスは、慌てたようにその顔を振り仰ぐ。
「ごめん、ちょっとぼおっとしてた。すぐやるわ」
裁断機の刃の握りに掛け直した小さな手を、キム侍医がそっと押し留める。
「それでは、別の仕事をお願いして宜しいですか」
「え、うん・・・良いけど・・・」

頷いたウンスの背に手を添え、強引ではなくしかし抗えないように扉の方へと押して、キム侍医は歩き出した。

 

*****

 

どういう事だ!

左の手の平に打ち付けるトギの右手が、痛いほど厳しい音で鳴る。
いつも以上に烈しく鋭く大きな指使いのトギに尋ねられ、テマンは困ったように頭を掻く。
迂達赤大門に続く道。
大門へ猛然と向かって来るトギの姿を木の上から見つけ道の途中で押し留め、人目につかない道脇に隠れたのだ。

向かってくる時からすごい勢いだったがと、テマンは思い出す。
人が変わったように眉をしかめた厳しい顔で、顔を真っ赤にし目を吊り上げていた。
けれど怒りたいのは自分も同じだと思う。そして自分だけでない、迂達赤も全員怒っていると。
トギの様子から察するに、恐らく典医寺も同じなのだろうとテマンは見当をつけた。

「お、俺にもよく判んないんだ。その日俺は一緒に行かなくて」
何故! と、トギの指が問い返す。
「偉い人の屋敷だから、呼ばれた人以外は、行けなくて」
あんたは大護軍の兵だろう!大護軍が行くならどこにでもついて行くのが当然じゃないのか!

トギはまるで燃えるような目でテマンを真直ぐ見つめて指で問う。

もしもトギに声があったら。

そんな場合ではないのは知っているが、テマンはその指と怒りに満ちた目を見て思う。

もし話せたら、今トギはものすごい声で怒鳴ってるんだろうな。
何故って俺も同じ気持ちだからだ。こいつと同じ気持ちだ。
怒鳴って追い出せるなら怒鳴ってやりたい。けど絶対許されない。
相手はちびの女の子だし、おまけにその父親は皇宮でも偉い役人だ。
俺達が怒鳴ってどうにかなるならいいけど、大護軍や医仙や隊長に迷惑が掛かったらどうしようもない。

だから全員が我慢している。
典医寺でも迂達赤でも、全員が腹を立てながら黙っている。
図々しく大護軍の家に上がり込んだちびを知っていて、何も言えない。

だいたい行ったりするからだ、そんな偉い役人の娘の誕生祝に。
このところの苛立ちが積もる胸の中で吐き捨てて、テマンは目の前のトギを見つめ返した。

 

*****

 

茉莉花の下を歩く四人の耳に、その先の庭で催しているらしき宴の楽と愉し気な人声が届く。
相当な人数が集っているのだろう。チェ・ヨンは声の気配から読む。
判院事の目に入れても痛くないと公言する一人娘の宴席なら当然か。
此処で顔を売り、人脈を拵えたい奴らが大勢居るのだろうと。

自分達など招かずに、そんな奴ら同士で寄り集まれば良いものを。
うんざりしながら庭の先を確かめたチェ・ヨンとチュンソクの視線が、此方に向かい来る二人の少女を捉えた。
「お父上」
「あ、チュンソクだ!」

まだ幼い少女と、その少女に手を引かれた幾分年長の少女が同時に声を上げる。
年長の少女は迷うことなく、今まで幼い少女に引かれていた手を解きチュンソクに向け真直ぐ駆けて来た。
「来てくれたのか!」
頬を赤くし息を弾ませチュンソクの許にやって来た敬姫は、嬉し気に尋ねた。
「・・・はい、キョンヒ様」
「嬉しい、ありがとうチュンソク!」

敬姫の為ばかりという訳でもないのだがと、チュンソクは暫し返答に惑う。
それでもそうして礼を言われれば、丸い頬が笑えば嬉しい。
「・・・いえ、此方こそ」
「琴珠、此方は迂達赤隊長と大護軍、そして医仙だ。ご挨拶されよ」

敬姫に追い付いたクムジュと呼ばれた幼い少女は、敬姫の声に父親と共に訪れた三人を順に見渡した。

 

 

 

 

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