2016 再開祭 | 寒椿・前篇

 

 

この時代の軍靴は、足音を忍ばせるには向いていないのか。
それとも歩き方の癖なのか。その足音はかなり響く。
待っていた部屋の中。
廊下を近寄る数人の気配に顔を上げ、元刑事の頃の習慣で足音を聞き分けようとする。

乱れはない。まるでTVで見る有名な軍事パレードを彷彿とさせるような数人の靴音。
具体的な人数や、性別までは判らない。
ようやく会えるのかと、腰掛けていたベッドから立ち上がる。

碌に採寸すらしていない歪んだ木枠、マットとは到底呼べない薄い布団を敷いただけのベッドが嫌な音を立てて軋んだ。
まあスプリングやウレタンなんて概念のない世界では、期待するだけ無駄だが。

ここに来て3日。

雪は降り続き、今や優に1メートル50センチを超えている。
そのせいで採光の悪くなった部屋の中は、真っ昼間でも薄暗い。

淡いブルーグレーの空から、今も間断なく白い雪が落ちて来る。

PM2.5も化学工場や発電所や車からの排ガスも心配しなくて良いこの世界の空気は、天気の事だけ考えていれば済む。
まだ晴天はお目にかかっていないが、きっとその空は恐ろしい程澄んでいるだろう事は、容易に想像がつく。

ここが高麗。 お前があれ程戻って来たがった世界。

初めて会った雨の中。叫んでいたお前の声。
ヨンア、ヨンアと拳を血だらけにし、白い弥勒菩薩を殴っていた。
あの日が今日に繋がっているなら、その全てを明かしてみたい。これは警察機構に身を置く人間の習性。
崔瑩将軍と推定される誘拐犯の実行した拉致監禁の犯行動機、その経緯そして事件の帰結を当事者に直接確かめたい。

崔瑩、恭愍王、前廃王、後廃王、魯国大長公主、奇氏、辛旽。

こうして一瞬考えるだけでも、歴史上の人物の名が次々に浮かぶ。

信じたくはないが、疑いようはない。今現在の所在地が撮影所や野外セットでない事は判っている。
もしもそうだとしたらその映像は歴史上最高傑作になるだろう。
何しろベッドの最悪の寝心地も含めて、これ程リアルなのだから。

「・・・・・・で、・・・の」

雪の静けさの中、近くなる気配に混じった声に心臓が飛び跳ねる。
それは比喩ではなく、本当に今この脈拍は異常を来している筈だ。

ウンス。それは確かに、聞き間違えようのないユ・ウンスの声。

会話の全容はまだ聞き取れない。しかし声に怯えたり、切迫した響きはない。
寧ろあの頃耳にしていたお前の声よりずっと幸せそうで楽し気で、それだけでも安心する。

「・・・ら・・・いで・・・は私が・・・」
そんな風に近くなるウンスの声の後に、低い声が続く。
「確かめます」

単純に音量だけからすれば、ウンスの声の方がかなり大きい。
しかし低い声は、それだけ抑えていてもはっきり聞き取れた。

「・・・い丈夫よ、言ったでしょ?私が知って」
近付いてくる声、足音、その気配。

刑事なんてもんは、待つのが仕事なんだよ。

ユン先輩の名言を突然思い出す。

いいか、テウ。刑事なんてもんは、待つのが仕事なんだよ。狙いを定めたら、ターゲットに張り付いてひたすら待ち続ける。
待って待って待つんだ。そうすれば向こうから必ず尻尾を出す。無理に証拠を見つけようと焦れば、却って逆効果になるぞ。
隠匿されるか、逆に思い込みや自白の強制で判断を誤るか。

判っている。教えは骨身に染みついている。
ここで飛び出して行って先に姿を見せる事は、良い結果を生むとは思えない。

「あなたと離れてた時に会った人。あの時も説明したでしょ?」
「天界ででしょう」
「そうよ。キム・テウさん。天界から帰れなかった間もずっとお世話になったし、帰ってくるための力をいろいろ貸して」
「御託は結構」
「ヨンア!ちょっとひどいじゃない、その言い方!」
「おい」
「はい!」

そこで初めて聞く別の男の声が混じる。
「表に兵は」
「客人の部屋を中心に二重で」
「全員退け」
「はい!」
「チュンソク」
「は」

大方の予想はついた。男3名、女1名。
男の1名は通称ヨン、十中八九誘拐犯、捜査対象者チェ・ヨン。
他2名のうち1名は通称チュンソク。別1名は姓名不明。

そして女1名は元江南整形外科医、誘拐被害者ユ・ウンス。

「此処で待て」
「は、大護軍」

大護軍。近衛隊大護軍が現在の崔瑩の階級か。高麗の官位は詳しくないが相当な高位の筈だ。
現在の韓国軍では将官クラスだろう。声はもう廊下と部屋を仕切るドア一枚の向こうにある。

そう思った次の瞬間、部屋のドアは前触れなく押し開かれた。
「テウ!!」

心を直接握り締められるほど懐かしい、お前の高い声と共に。
その声に本当に痛みすら感じてセーターの胸辺りを思わず掴み、息を整えて向かい合い、久々にその名を口にする。

あの後いつも胸の中でだけ、独りで呼んでいた大切な名前を。

「久しぶり、ウンスヤ」

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    会えた~!
    やっと(*´艸`)
    しかし… ウンスの隣は
    ウンスが会いたがってた ヨンだし…
    しかも ヨン ご機嫌悪そう。
    しかも 「ウンスヤ」なんて 呼んじゃったら
    こめかみに 青筋たちそう(笑)

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