2016再開祭 | 茉莉花・捌

 

 

「年端もいかぬ娘の無礼故、今日だけは大目に見て下され。
琴珠も普段はあのように遊んでくれる相手が居らぬ故、楽しくて仕方がないのであろう。
儂もいつでも大護軍の事を話し聞かせてきたからのう。初めて直接お目にかかれて、興奮しておるのだ」

判院事の声にウンスは渋々愛想笑いを頬に張り付けて頷く。
確かにあの少女のバースデイ・パーティだ。それに来ていて水を差すわけにはいかないと。
まして相手はまだ子供だ。6歳なんて小学校入学の年代の子を相手に、本気で腹を立てる訳にはいかない。

大人にならなきゃね、こっちが。そうよ、大人にならなきゃ。
ガキに何を言われても怒ったりしないわ。たとえ容姿を罵られても。
自分自身に言い聞かせ、目の前の光景にウンスは唇を噛みしめた。

この玉子男には、あれが遊んでいるように見えるのだろうか。
ウンスは庭の向こうで逃げ続けるチェ・ヨンと、その後をしつこく追いかけ続ける少女の姿を見つめる。

遊びなんかじゃない。あれはどう見ても立派なストーキング行為だ。
あの少女はヨンに恋をしている、何故父親であるこの男が気付かないのか。
ふくよかな二重顎の横顔で娘を眺め続ける玉子男を盗み見て、ウンスは小さく首を振る。
もしかしたら、違うのかもしれない。
ひょっとしたら気付いていて、ただ認めたくないのかもしれないと。

 

*****

 

先刻までチェ・ヨンにしつこく纏わりついていた少女は父親の判院事に手を引かれ、庭から母屋へ上がる一段高い濡縁に立った。
「皆、忙しいところ、万障繰り合わせて参列頂き有り難い」
判院事は少女の傍らに立ち、参列者中に響くように言った。

少女は横の父親の演説など、何処吹く風と云った顔。
人波から外れて卓に着座した銀主翁主と儀賓、そして敬姫と横を守るチュンソクの、また後ろを見つめている。
ウンスと共に木の下に立ち、目を閉じて腕組みをしたチェ・ヨンだけを。

判院事も娘の視線の先に気付いたように
「今日の慶事に銀主公主御一家までご参列頂けるとは、恐悦至極」
その声に居並ぶ参列者たちも一様に頷き、公主らの卓へと向き直ると深く頭を下げる。
「では、お贈り頂いた誕生祝の品を披露させて頂こう」

判院事の声と共に屋敷の下働きらしき男女が大きな包みを幾つも重ね持ち、判院事の横に恭しい手つきで重ね置く。
判院事がそれを一つずつ拾っては参列者の面前で披露し、賑やかに上がる歓声にチェ・ヨンは心底不思議に思う。

誕生祝と称し賄賂擬きを受け取る判院事も、それを平然と送る厚顔無恥な参列者も、到底理解出来ない。
全員の目前でまるで優劣を競うが如く、全てを開けて晒すのも。
珍しい絹織物や髪飾りはまだ判る、しかし何故珍しい酒や金細工まで並んでいるのだ。
六つの娘が呑むのか。そんな年寄りじみた金細工を部屋に飾るのか。
その齢なら毬でもやっておけば良い。落ちている石や木の枝一本でも楽しんで遊べる歳だろう。

そして贈答の品々の中。
唯一チェ・ヨンの興味を引き、そして今までの何より首を傾げる逸品が、最後に庭を牽かれて来た。
参列者一同が驚いたように、その姿を無言で目で追う。

若駒と呼ぶには幼く頼りない体つき。乳離れが終わった直後だろう。
恐らく未だ鞍も載せたことはない程に若い。
輝くような見事な栗毛の、真黒な目をした仔馬。

無理やり牽かれる手綱に抗い、口に嵌められた馬銜が気に障るのか、しきりに頭を烈しく振っている。
多過ぎる人波、見慣れぬ景色、そして下手な手綱捌き。
仔馬は左右の耳を出鱈目にあちこちへ動かし、視線も定まらない。
そして鼻孔を大きく広げ、空気の匂いを嗅いでいる。

馬を牽く男の方も恐らく、扱いに慣れておらぬに違いない。
裸馬も乗りこなすチェ・ヨンが見れば、そんなに腰を引いて馬を操れる訳がないとすぐに判る。

牽くのでなく引き摺られるようにしてようやく判院事の前まで来ると、気が緩んだのだろう。
今まで強すぎる程に握りこんでいた牽き手の手綱が弛む。

その瞬間チェ・ヨンは腕組を解き、居合わせる人波の中を無言で駆ける。
仔馬は険しい目付きで耳を伏せると、無理に馬銜を噛まされた顔を振り前へ突き出した。
緩んだ手綱で僅かな体の自由を得、苛立つ勢いで後脚で立ち上がろうと前脚が宙を蹴る。
その刹那、大きな手が緩んだ手綱ごと再びその馬銜をぎりぎりで握り直す。

間に合った。

ヨンが息を吐くと同時に参列者から一斉に安堵の息が漏れ、続いて何故か大きな拍手が起きる。
誰より熱い眼差しでその姿を見つめ誰より大きな拍手を送るのは、仔馬の馬主になるべき少女だった。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

1 個のコメント

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です