2016再開祭 | 黄楊・拾玖

 

 

居間の仄かな灯も届かぬ庭端まで、並んだままで無言で歩く。
薬木の葉影で漸く足を止めた俺の横、小さく尋ねる声がした。
「・・・ヨンア、怒ってる?」
「はい」
「飛び出したのはゴメンね。あれしか止める方法が思いつかなくて。だけどよく言うでしょ?
大切な人を殴ったら、殴られたチュンソク隊長より殴ったあなたの方が痛いの。だから・・・」
「はい」

己の判断は間違っていないと今でも信じる。
幾度問われてもお返しする答は変えられん。

この方が飛び出したとはいえ、一歩誤れば殴り飛ばすところだった。
考えるだけでも、肚に重く冷たい石が落ちる心地になる。
しかしこの方は目前で奴らが殴られるくらいなら、幾度でも飛び込んで来る。

そして、それだけではない。
此度この方を巻き込んだ事を。叔母上に芝居まで打たせた事を。
慎重なあの男に、迂達赤を率いてまで止めようと思わせた事を。
王妃媽媽に決して顔向けの出来ぬ御決断を頂いた事を。
王様が見え透いた芝居をご覧になり、便乗した振りで伝えて下さった御本心を。
決して他言の許されぬ御姿を見るような大事を仕出かした己を。

総てに腹が立つ。抑えきれん程に。
其処までされねば気が付けず、道を曲げられん己自身に。

叔母上の言う通りだ。最早己の一存で進退は決められん。
面倒は増すばかりだろう。国が揺れ、王様が信頼して下さる程に。
あの馬鹿共が俺を慕い、信じて従いて来る程に。

頭では判っている。面倒から逃げるのは悪い癖だ。
国の守り方など知らん。この方を護りたいだけで。
しかし護りたいこの方と民と国、王様と王妃媽媽は切り離せん。
この方には民と王様、王妃媽媽の御体と御心の健康が大切で、どれが欠けてもきっと悲しむ。

とすれば肚を据え、覚悟を決めるしかないのだろう。
己が揺れる度に此度のような騒ぎが起こってはならん。

黙ったままの俺を慮るよう、この方は俯きながら唇を尖らせた。
「お芝居の事もやり過ぎたと思う。でもヨンア、話を聞いてくれそうなム・・・雰囲気じゃなかったし。
辞めたりしないで?こんなこと言ったらまた怒るかも知れないけど、絶対に駄目なの。
未来が変わっちゃうわ。私は天人でしょ?信じてくれるでしょ?
王様と媽媽には、ううん、それだけじゃなく高麗には、あなたが絶対必要なの。そういう未来になってるのよ」

見当違いな処に詫びながら、細い指がこの指先を握る。
「引越するなら構わない。タウンさんとコムさんにもちゃんと私から説明する。だけど王様の側から離れないで。
それだけは絶対にダメ。私のためだと思って、お願いヨ」
「判りました」
「・・・え?」

闇の中でもこの掌は正しい場所を知っている。
片手で花の香の柔らかい髪を撫で、そのまま胸に抱き寄せる。
面倒この上ない。抱き締めるだけでも、闇に紛れねばならん。
そう考えるだけでたった今立てた誓いに挫けそうでも。
それでも傷つけたくない、その身も心も。

「イムジャ」
腕に閉じ込めれば、この胸に埋めた横顔から優しい声が返る。
「なぁに?」

父上を喪った心の穴を師父と赤月隊の皆が埋めてくれたように。
その皆を喪った穴を埋め、それ以上に大きなものを下さった方。
もう一度生きていく為の目的と温かさを思い出させてくれた方。
そしてあなたが天門の先に置いていらした大切な方々の分まで。

互いに一度は失ったからこそ知っている、大切な温もり。
あなたがそれを奴らの中に見出したなら反対などしない。
倖せにしたいから。いつも笑って欲しいから。

「愛しております」

寂しくさせたくない。この胸に永久に咲く一輪だけの黄色い花。
最も大切な家族となっても変わらない、生涯唯一人だけの女人。
「うん。私も愛してる」
「はい」
「だから、もう心配させないでね?」

声に詰まって黙り込む俺を見上げたのだろう。
胸に埋めていた横顔の温もりが少しだけ離れたのを感じる。
「辞めるなんて言わないでね?」

きっと不安げに見つめている。あの鳶色の瞳が。
返答すれば翻せない。昇格の一件は終わった訳ではない。

令牌を携えての都堂への列席。
そして他に選ぶ道がない程にそなたが必要になった時には、黙って昇格を受諾して欲しい。

昼に伺った王様の御声が蘇る。そして先刻の叔母上の声が。

ウンスの天の預言によるとな。私も信じ難いが、上将軍までと。

西班最上位、上将軍。確かにこの方は二人きりの折そう呼んだ事がある。将軍様。
悪ふざけだろうと気にも留めず放って置いたが、此処まで来た以上悪戯で済む話ではなくなった。

一度口に出せば取り返しはつかん。
王様に対して、この方に対して。

「約束、してくれる?」
畳み掛けるように腕の中からの声が繰り返す。
あなたを護る為だけに生きている。
そして出逢う為に生まれて来たなら。共に居られるのが定めなら。

天の預言が起きるとすれば、首を振ろうと頷こうと人の手では変えられんのかも知れん。
ただ傍にいたい。離れられない。倖せにしたい。笑顔を見たい。その心も体も護りたい。
その想いの先が預言通りでも、其処から逃げる為にこの方を諦める事だけは絶対にない。

ならば答は一つだ。口にすれば撤回はきかぬと判っていても。

「・・・約束します」

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    辞めません…
    って、ウンスに約束してくれた。
    良かった。
    ウンスのあのまあるい目が、優しい三日月目になって笑いかけると、ヨンは、敵わないわね。
    チュンソクさんをねらったとき、もし、ヨンの力が止まらず、尚且つ、ウンスが転ばなかったら、ウンスは、ヨンに殴られていたのかな。
    ヨンがウンスを殴っていたら、ヨンは、どうしていたのかな。
    …なんて、ちょっと想像してしまいました。フフッ。
    た・い・へ・ん
    なことになっていたでしょうね。

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