2016再開祭 | 昊天・序

 

 

【 昊天 】

 

 

昊天の真上までもう少し。眼に痛い陽射しが斜めから真白く照り付ける。

地に落ちる影は短く濃い。空に目を向けぬ俺は季節をこうして確かめる。

それでも少しだけ変わった事は。

「あっつい・・・」

抜けるような色白の頬が、本当に茹立ったように赤い。
額に汗を浮かべ、珍しく口数も少なく本気で辛そうに。

その横を黒い影のよう護る男が困ったように俺を見る。

卓に肘を突いたまま黒鉄手甲を示し、無言で左右へと振る。
下手をすれば切り刻んでしまうだろう。手加減など知らん。

手を振る俺に諦めたか、奴は黙って呻く女人の脇を離れた。

「イムジャ」
水桶を抱え戻って来た奴は、重い音でそれを女人の足許へ据える。
置いた拍子に跳ねた飛沫で濡れた手を振り、奴は眸で桶を示した。
「足を」
「あー、ありがとうヨンア!」

足袋を脱ごうとする女人の足許を気にしつつ、流石に俺相手に見るなと怒鳴るのが妙だと自覚はあるらしい。
しかし此方からは丸見えだ。女人ではなく、こいつの心中が。
どれ程さり気なさを装おうと、常になく緊張し強張った肩の線。
心配なのは女人が素肌を曝す事か、それともその体調か。

此方からの視線を背で遮れる位置へさり気なさを装って廻りこみ、奴は狼狽を押し隠した声で尋ねた。
「辛いですか」
「熱中症とかじゃないの。ただ風が止まると、すごく暑いだけ」
奴は女人を背で護ったまま、首から上で空の様子を確かめる。

先刻まで東屋を抜けていた風はすっかり凪いでている。
眼に痛い程の陽射しと相まってまるで盛夏のような熱。

「だいたい着てるものがおかしいと思わない?夏なのに、基本は長袖だもの。
化学繊維を手に入れるのは無理でもせめて半袖にするとか、ううん、ノースリーブで、こうやって」
水桶に素足を突込み愚痴り続ける女人が、あの背の向こうで何かしたのだろう。 奴の腕がすかさず伸び
「お止め下さい」
そんな低い声で窘める。

俺や師叔らの前では取り繕っているものの、相手が女人となるとからきし骨抜きだ。
俺達の最年少の部隊長、隊長の後を継ぐ雷功の遣い手、勇猛果敢に戦場を勝ち抜けた男とは到底思えん。

「繍房のオンニに頼んでみようか?」
「正気ですか」
「めちゃくちゃ本気よ。迂達赤のみんなだって夏は半袖なんだし」
「男とは違う」
「そこで男女差別っておかしいでしょ!女性だって夏は暑いのよ」
「慎みというものが」
「慎んでる場合じゃないわよ。本当に熱中症が頻発すれば、もう立派な健康被害よ?
媽媽に伺ってみる?お許しが出れば良い?制服にしちゃえば良いじゃない?みんな見慣れれば感覚も変わるはずよ。
最初に媽媽に着て頂いて、流行の発信源になって頂ければもっと良いかもね。
中世のフランスでドレスの流行は、マリー・アントワネットから始まったですって。
有名なドレスメーカーが、自分のドレスを着て欲しいって押し寄せたらしいわ。究極のステマよねぇ」

何を言いたいかはさっぱりだが、相手があれでは奴に勝ち目はない。
背中しか見えぬ奴の肩が落ちる。恐らく向うで呆れ顔をしておろう。
しかし女人はそんな俺達を意に介する事なく喋りまくっている。
おまけにどうやら桶の中で足が暴れているらしい。
奴の沓先まで届く下衣の影から、東屋の床へ水玉が飛ぶのが見える。

飛沫は白い陽射しを受けて涼しい色に輝く。その光を目で追う東屋に
「まぁったく真夏みたいだねえ!こんな早くからじゃ厭になるよ」
母屋向こうからマンボのでかい声が響いた。
「ほら天女」

肩越しに見れば大きな椀を四つ盆に載せ、此方に向かって歩きながら
「今日は暑いからね、天女に教わった麺を拵えたよ」
得意げなマンボの声にその盆を受け取りながら椀の中身を覗き込み、
「ネンミョンだー!ありがとう、マンボ姐さん!!」

女人は嬉し気な大声を上げ、椀をそれぞれの手許へ配る。
互いに叫ばんと話が成り立たぬのか。これ程近くで何故そんなに声を張り上げる。
うんざりしつつ椀の中身を確かめれば、水に浸かった灰褐色の細糸。
「・・・喰い物か?」

俺の声にヨンも疑わし気に首を傾げる。どうやら自信はないらしい。
「要らん」
ヨンの様子に卓の椀を押し返す。初見で、おまけに喰い物かどうかも判らぬ物に箸を伸ばすなど御免だ。
「酒を」
「ダメ!!」

叫ばれるのには少しは慣れた。しかしヨンには面子があるのだろう。
俺を怒鳴りつける女人の口を塞ぐべきか迷うよう、腕が上がりかける。
その腕から身を捩って逃げ広い背から顔を覗かせて、女人は真剣な眼差しで此方を見た。

「ヒドさん!こんな真夏日の昼間からお酒飲んだら熱中症まっしぐらですよ?
ただでさえ飲酒は脱水症と直結してるから。もしも飲むならお塩とお砂糖を少しだけ溶かした水にして下さい」
「・・・何だそれは」
そんな奇天烈なものを呑むくらいなら、黙って部屋に戻って寝る方が余程良い。
無言で席を立った俺に、女人の心配そうな声が追いうちをかける。
「それより何より、食べなきゃ夏バテしちゃう。体力がもちません。お願いだから、騙されたと思って」

戯言と捨て置くのは簡単だ。だが弟の嫁だと思えば、奴の顔を立てたくなる。
俺が足を止めた事で少し気を良くしたらしい。
女人は先刻ヨンにしたように、息もつかせぬ勢いで俺に声を飛ばす。

「コチュジャンがあればビビンネンミョンが作れるんだけど・・・今はそれは無理なので。
氷も贅沢品だから使えないけど、水が冷たいから、十分美味しいはずです。だから1口だけ」
「イムジャ、無理強いは」

ヨンの広い背に阻まれながら、物分かりも諦めも悪い指が一本突き出される。
「1口だけ!食べてダメなら諦めます!」
しつこいと怒鳴りつけるのは簡単だ。 だが奴の面子を潰す。
男なら惚れた女に良い顔をしたかろう。
何より面倒なのは、この口煩い女人は本気で此方を案じている事。
嘘でも世辞でもなく俺の体を気にしているから、無碍にも出来ん。

ヨンの顔に免じて席へと戻る。
腹立ち紛れに引いた椅子の脚が、東屋の木床に擦れる耳障りな音。

其処へ腰を据え直し、俺は先刻の不気味な椀を手許に引き寄せた。

 

 

 

 

やはり、ヒドのお話が読みたいです。

ぶっきらぼうなヒド。

蟷螂?鎌鼬?パート2

お願いします。 (茶々さま)

 

 

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