2016再開祭 | 黄楊・拾捌

 

 

当たったか掠ったか。影に気付くと同時に拳は避けた。
握ったままの指にも節にも、厭な感触は残っていない。
「イ」
「・・・DV反対っっ!!」

俺とチュンソクの間、泥にへたり込んだ影は声を掛ける前に横倒れたままで叫んだ。
雨上がりの泥中に膝を着いた俺に向かい、真剣な顔で。
「家族だからって手を上げて良いわけないでしょ?!」
「怪我は」
「当たってない。泥で足が滑っただけ」

居間からの灯が当たるよう両手で包み、上向かせ確かめる白い頬。
その何処にも拳の跡がない事に、心の底から安堵する。
この方も包まれた頬に伝う俺の掌の冷や汗に気付いたのだろう。
それ以上は何も言わず、瞳を三日月に緩めて見せる。

支え起こせば衣に付いた泥を気にし、指先で払う余裕もあるらしい。
払うその指を手伝いながら
「二度とこんな無茶は」
周囲に届かぬよう低く呟いた俺に、鳶色の厳しい目が当たる。
「ヨンアこそ、2度と迂達赤の誰かを殴ったりしないで」
「そうはいきません」
「ヨンア!」
「イムジャ」

馬鹿らしい。こいつらの前で言い訳を口にするなど。
それでも通じぬ限り、己の口から伝えるべきだ。
俺が長である限り伝え続ける。憶えるまで体に教える。
それでも俺が良いと背を追うなら、好きにすれば良い。

これが俺のやり方だ。
兵を甘やかして持て囃されるより、振るう拳を疎まれる方が良い。
戦場で命を落とす前に、その骨の髄まで叩き込む。
この声に逆らえばどういう目に遭うのか。
疎まれようと悔いはない。誰かを戦で失うより余程良い。
少なくとも相手が俺なら、死なぬ程度にしようと思える。

「家長には家族を守る責がある。則を教える事も必要です」
その声にチュンソク始め、庭の迂達赤全員が無言で頭を下げる。
「大護軍」

厨奥、静かに出て来たタウンが縁側の先に立つ俺の許まで進み出で頭を下げた。
「お話し中ですが、夕餉が整いました」
その声に雨上がりの庭に倒れ泥だらけのこの方は、奴らと叔母上を見渡して気を取り直すように声を張り上げる。
「叔母様、みんなも!晩ご飯食べましょう!」

此方を横目でちらりと確かめた叔母上が、小さく笑うと縁側を立つ。
「迂達赤」
「はい!」
「膳を運ぶぞ。手伝え」

それだけ言い残すと振り返りもせず、厨扉へと消えていく。
その背に続いて良いものか、残る奴らが此方の顔色を窺う。
これで追い返せば武閣氏隊長、チェ尚宮の顔を潰す事になる。
「・・・・・・行け」
「は!」

ひと声叫ぶと二十余人の男らが我先に俺とこの方の横を一礼して通り抜け、縁側から厨へと居間を抜けて行く。
最後に残ったチュンソクは、無言で俺とこの方に再び頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「心配するな」
「は」
「屋移りはせん。迂達赤に残る」
「王様とお話になられましたか」
「ああ」
「何よりです」
「何かあれば必ず伝える。これ以上騒ぐな」
「はい、大護軍」

チュンソクは頷くと、そのまま厨奥から膳を運ぶ奴らを眺める。
「結局、夕飯を頂きに伺っただけのような・・・」
「そうだな」
「今日は積もるお話もあるでしょう。俺達はこれで」
「今更ふざけるな」

拵え終えた二十余人分の飯、俺達だけでは如何しようもない。
飯も喰わず駆けて来たこいつらを、招かざる客と追い返す訳にも。
もう膳を運べと言った。一度吐いた言葉は戻せない。

「・・・重ね重ね、申し訳ありません。大護軍」
「本当にな」
「医仙にも申し訳ありませんでした。大事ありませんか」
ようやく気が廻ったチュンソクは、泥に汚れたこの方へ目を向けて心配そうに眉を下げる。
「うん、本当に足が滑っただけ。自爆だから気にしないで」
「・・・はい」
「この人が私を殴るわけないもの。何があっても絶対。でしょ?」
「ええ、確かに」

この方の妙な自信。そして迷いなく微笑んで頷き返すチュンソク。
何なんだ。絶対などと如何して言える。
この方もチュンソクも俺を買い被り過ぎだ。絶対はこの世に無い。
手許が狂う事は誰にでもある。不如意な拳が当たる事もある筈だ。
・・・ある筈だ。万が一。万万が一。万万万が一。想像も出来んが。

動揺する俺の顔を覗き込み、あなたが小さく笑い出す。
「私をうっかり殴るくらいなら、手が折れた方がマシって顔してる」
チュンソクもそれに頷くと
「医仙、意地悪はもうそのあたりで」

何なんだ。俺の目前、阿吽の呼吸で笑い合うこの二人は。
「チェ尚宮を助太刀しろ」
顎で背後の居間を指し、この方の背を軽く押すと庭を歩き出す。
そんな俺達に何処に行くのか問い質す程の野暮ではないらしい。

チュンソクは微笑んだまま、黙って深く頭を下げた。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    あ~よかった
    当たらなくって…
    さすがに当たっちゃったら
    ヨン… 涙目
    ウンスの自爆(いや…狙ったかも?)
    チュンソクも肝を冷やしてばかりだわ(笑)
    家族は殴っちゃダメ 傷つけちゃダメ
    ダメダメが 増えてきます

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