何を考えているのだ、あなたは。
邑の往来の端。白い指先を俺の血に染め、あなたがこの肩の小さな刀傷を確かめる。
天門が開くまであと十と七日。今日はもう直に陽が落ちる。
明ければ残りは十と六日。 行って確かめ即座に発ってもまた三日。
船や馬を使おうと刻が無い。
そんな事を繰り返せば、本当に天界へ戻る手立てを失うかも知れぬ。
俺がこの方の公開処刑をとことん伏したように、この方も天の手帳に書かれた何かを伏しているか。
だとすればそれは俺に関する事が書いてあったとしか思えん。
聞かせず見せたくない事が書いてあったからこそ伏している。
俺が戻れば王妃媽媽が助かる。 戻らねば助からぬという事か。
しかし奇轍は謹慎中。いくら傍若無人な男でもそれを無視して邸を抜け出すなど考え難い。
そう出来るくらいなら出奔し、まずこの方を追って来たろう。
では王妃媽媽を脅かす敵、奇轍の線は薄い。
断事官。元への忠心の程は読めぬ。しかし愛国心の欠片もないままわざわざ高麗まで出向くか。
そんな男を断事官に任ずる程、元皇帝は見る目が無いか。
元首国の姫、高麗王妃。手に掛けて何の得も無い。断事官の線はまずなかろう。
残るは鼠。己の為なら何でもやる薄汚いあの男。では理由は何だ。
元の姫を手に掛ける危険を冒してまで手に入れたいものとは何だ。
奴が狙うは玉座。手に入れる為、王妃媽媽を攫った。どうやって。
考えてこそ理由が判る。理由が判れば相手の手の内が判る。
手の内が判れば一気呵成に攻め込むだけだ。
あなたにこの肩を預けつつ、頭の中で素早く浮かぶ顔を整理する。
そしてその片隅で思う。
右肩で何よりだ。 左の肩ではあなたが気にするかもしれん。
また抱き締めて欲しいとねだられた時、凭れる折に傷に障らぬかと。
*****
「見よ」
迎賓館から迂達赤の連行した断事官の前、動かぬ証拠を突き付ける。
その印章の朱印跡も鮮やかな、この男の差し出した親書。
「言い訳してみよ、出来るものなら!」
目の前の断事官はその親書を確かめ、そして口を開く。
「私の印章です、しかし」
「何だ」
「筆跡が違います」
「そなたの名で印章を押した親書で、王妃に親書が渡された。
お母上の内密なお話があります。そう王妃を唆し密かに呼び出した。
王妃を何処へ隠した。今すぐに返せ」
「王様。王妃媽媽は我が元の高貴な姫君です。連れ去るなど」
「今すぐに、王妃を返せ」
寡人の声に返答は戻らぬ。
何処まで行っても口先で誤魔化し、こちらを煙に巻く気か。
しかし此方には動かぬ証拠がある。
この男は印章が自分のものだとこうして明言しておるのだ。
「この者に縄をかけよ」
寡人の声で部屋中に緊張が走る。
断事官に縄をかける。それは即ち元皇帝に牙を剝くに等しい。
「捕らえて拷尋してでも、王妃の居場所を自白させよ!!」
誰も動かぬ。目の前の断事官の顔色も変わらぬ。
「何をしておる!早くせよ!!」
「王様、どうか!相手は元の断事官です」
ようやく息を呑み、背後のドチが声を絞り出す。判っている。判っておっても。
それ以上の言葉が続かず立ち尽くす。
何処へ消えたのだ、この男でなくば誰が連れ去ったのだ。
寡人との宝を身籠ったままこの寒空に、命よりも大切なあの方は。
*****
昼なのだろう。あの時一旦暗闇となった部屋は、今はまた明るい。
其処に置かれた粗末な寝椅子の上で目を開く。
どれほど時間が経ったのか。今はあの金色の御仏に祈願した日か。
それともあれから幾日も経ったのだろうか。
明るくなった窓に床を這うよう近寄り、ようやく声を掛けてみる。
「誰か・・・おらぬのか。聞こえぬか・・・」
飾り窓に切り取られた表は燦燦と明るいだけだ。何の声も返らぬ。
そこから入る光で浮かび上がる伽藍の中を夢現にぼんやり見渡す。
あれから、幾日。
空腹は感じぬ。大きな声は出ぬ。体に力が入らぬ。
生きねばならぬ。生きて必ず、王様の処へ戻らねばならぬ。
そうでなくばあの優しい、あの優しい・・・
どうにか這って寝椅子へ戻り、その枕元の鉄瓶の水差しから直に中身を煽る。
その鉄瓶すら重すぎて、持ち上げて支えておくだけで辛い。
それでも生きねばならぬ。生きるためには飲まねばならぬ。
寝椅子へ上がる力さえも沸かぬままで床に座り込み、ただ一つだけを考える。
あの優しい王様のため。誰よりあの方が待つこの腹の吾子のため。
どれ程醜態を晒そうと、床から起き上がれず這うような様であろうと
いきねば ならぬ。

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鼠男~
アンタのせいで みんなが
苦しんでるわ…
ほんとに 嫌なヤツ…
ウンスは 自分の命どうこうより
ヨンが大事