2016 再開祭 | 手套・結篇 〈 上 〉

 

 

駆け込んだ典医寺。あの方の私室の窓は布で覆われている。
寒避けだと思いながらも、下らぬ噂の所為で何処か疚しさがあるからか、それがあの方の拒絶に思える。

一時の感情に流されて馬鹿な事をした。
後先考えずに突走るからこんな結果になる。
喜ばせるつもりが怒らせたなら。
怒るなら未だしも悲しませたら。

その扉を叩き、中へ向け呼び掛ける。
「医仙」

返答は戻らない。深閑とした部屋内。
「医仙」
「チェ・ヨン殿」

返答したのはあの方ではなく、診察棟から出て来た御医だった。
「ウンス殿は、今日は町に。足りぬ薬草があるとおっしゃって、顔馴染の薬房に心当たりがあるからと。御存知なかったですか」
「町」
「ええ。どこかで擦れ違われたのですか」
「顔馴染の薬房だな」

開京であの方の顔馴染の薬房など、マンボの一軒しかない。
「キム侍医」

走り出しかけて足を止め息を整えて奴に向かうと、頷いたその目が胡乱気に細まった。
「あの方はいつもと違ったか」
「いえ、全く。ただ明日が誕生日だとおっしゃってはいましたが。そうなのですか」

問うたつもりが問い返されて、俺は仕方なく頷いた。
そうだ。故に焦って事を仕損じた。
周囲の目すら顧みず、一刻も早くあの方に相応しい飾り物をと。

心をこめた若芽湯を作って下さる御家族から離してしまったのは、他の誰でもなく己自身だから。
それでもあなたが此処に居て下さるだけで倖せだ、此処から共に新しい暦を作ろうと先走った。

心から感謝している、そしてあの天界の言の葉を贈りたいのはあなただけだと伝えたくて。

俺が子供の頃に抱えた淋しさ。
ご自身の命を削ってこの世に送り出して下さった母上への懺悔。
昼の一番長い日、心の隅に影を落としていた俺だったから、あなたの誕生日は一番寒い候でも、温かい日であって欲しかった。

御両親の分まで。到底代わりにはなれなくても。
あなたが大切だ、生まれて下さっただけで良いと伝えたかった。
あなたが笑ってくれるなら国の涯まで行ってでも、歓ばせる贈り物を見つけたかった。

今朝の様子を思い返す。あの方は隠し事が下手だ。
何処かおかしければ必ず勘づく。
しかしあの方は、普段の朝と全く変わらなかった。
よく召し上がり、よく喋り、よく笑って、そして共に宅を出た。
そして妙な噂など、全く知らなかった己自身も。

何も知らないならそれで良い。あの方が悲しまねばそれだけで。
ただ宮中の武閣氏の耳にも噂が届いたならば、市井にどれ程その馬鹿げた噂が広まっているのか。

憂鬱な心で、愚かで軽率な己を罵倒しながら走り出す。
誰かが下らぬ噂を吹き込む前に、小さな手を掴まえねばならん。

 

*****

 

「マンボ姐さんっ!!」
「おや天女、よく来たね」

薬房に顔を出した私に姐さんがビックリした顔をして、慌ててお店の奥から駆けて来る。
鼻の奥がツンとするのは寒いせい。生体反応ってことにしておく。
「どうしたんだい。そんなおっかない顔で」
「陳皮ください!」
「陳皮ね、そりゃあ勿論だけど、天女あんた」
「あとで酒楼に行ってもいいですか?」

姐さんは涙を浮かべた私を見て、何も言わずにこくこく頷いた。
「構わないけどさ、天女」
陳皮の包みを手渡しながら、姐さんが珍しく遠慮がちに声をかける。
「一体何だって、そんなに時化た顔してるんだい」

 

「マンボ!」
薬房の店先で怒鳴る俺に、手裏房の女首領が店奥から飛んで来た。
「騒々しい男だね!夫婦して入れ代わり立ち代わり、煩いったらないよ!何なんだい!!」
「・・・あの方も来たのか」

思った通りだ。しかし大路では擦れ違いもしなかった。
何処に隠れた。敢えて大路を避けているとしか思えん。

「そうだ、ちょいとあんたに言いたい事があったんだよ!あんたの叔母から先に聞き出したから良いようなもんを」
其処で唐突に口を噤むと、マンボは何故か冬晴れの大路を指した。

あの方が戻ったのかと振り向いてその指先を追っても、民らが行き交うだけの往来が伸びている。
しかしマンボは何処かを指差しながら、責めるように此方を睨む。
「ヨンア」
「何だ」
「あんたまさか今日、武閣氏の女とこの辺をうろついたかい」
「ああ」

内情を知っているかと無防備に頷くこの背を、女にしては大きなマンボの手が殴るように叩いた。
「・・・っ痛いだろ!」
「ヨンア、天女が見かけたんじゃないだろうね!」
「何を」
「あああ、じれったい男だね!!あんたと武閣氏の女をだよ!!あの子さっき、店先で泣きべそかいてたんだよ!!」

マンボの絶叫のような声と同時に、俺は今来たばかりの開京大路を皇宮へと再び駆け出した。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    旦那抜かりましたな
    も~ 
    いつもなら 周りの目を気にするのに
    ウンスの喜ぶ姿を想像してたら
    やっちゃったのね
    女は目ざといのよ
    見たくない光景は特に…
    目に入ってくるものなのよ~(笑)
    早く探して~

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