2016 再開祭 | 絹鳴・中篇

 

 

戻った晩秋の開京。
並んで歩く市の大路で突然声を掛けられる。
「大護軍様、医仙様!」

振り返れば仕立屋の店先から飛び出して来た主が、俺達に向け笑顔で駆け寄って来た。
「お久しぶりでございます。ご旅行は如何でしたか」

何故この主が知っているのか。目を眇めた俺に向け
「お二人の婚儀の事は大層耳に致します。皆そのご多幸に肖りたいと。
うちで御衣裳を仕立てさせて頂いた事もすぐ伝わったお蔭で、注文がひっきりなしに。
是非ともお礼をお伝えしたく」
「腕のお陰だ」
「とんでもないお言葉です。次はお二人のお子様の産着です。必ずうちで仕立てさせて下さいませ」
「・・・気が早い」

頭を下げる主に首を振る俺を遮るよう、横のこの方が明るく笑んだ。
「はい、是非!それまで、ガンガン稼いでくださいね」

あの時俺に教えてくれた天界の挨拶。小さな握り拳を固めて顔横に立てると
「アジャ!」

俺と仕立屋の主が首を傾げて見るのに気付くと、瞳が三日月を描く。
「はい、一緒に?アジャ!」
仕立屋の主はこの方の素振りを真似て拳を作ると
「・・・あじゃ」
それを立て、戸惑うように小さく言った。

人目を集める往来でそうする商売人の根性は真似できん。
俺は無言で二人から一歩退き、その様子を見守った。

数える事もうんざりする程。皇宮の中は元より、開京城下の市の中や往来で。
碧瀾渡に行こうと、小さな村落の脇を通ろうと。

見も知らぬ幼子らが駆け寄って来る事もある。
「大護軍さま、奥方さま」
「どうしたの?」
この方が地へ膝を折りその子らの前に屈み込めば
「ごこんぎおめでとうございます。奥方さま、とてもきれいでした」
「本当?嬉しい。ありがとう」

その中の一人の娘が頬を赤くし、恥ずかしそうに俯いた。
「私も奥方さまみたいな、きれいなおよめさんになりたい」
「きっとなれるわ、私よりずっときれいよ。楽しみね」
その髪を撫でた後の優しい声に、子らは嬉し気に頷いて去って行く。

かと思えば、店先で客を呼ぶ商店の若い男が顔を緩めて叫ぶ。
「大護軍様、奥方様!」
呼び声に足を止めた俺達が振り向けば
「御婚儀おめでとうございます!つまんないもんですが」

そして店先の菜をたっぷり一掴み差し出して
「夕餉に召し上がって下さい」
それだけ言って頭を下げる。手を上げて受取を断わり
「渡す奴がいるか。買う」

しかしそう言う此方に向けて頑迷に
「何おっしゃるんです。あんなにお綺麗な奥方様を拝見して、俺達まであんなたくさん振舞い酒を頂いて。
眼福の上に口福ですよ。一生忘れません。これから開京で大護軍様からお代を頂こうなんて思う奴は、一人も居ませんよ」

・・・尚の事、代金を取れ。取って代わりに全て忘れろ。
この方がどれ程美しかったか。
一生憶えておくのは俺だけで良い。

黙り込んだ俺を見兼ねた横のこの方が、懐から急いで銭を出す。
「ちょうど良かった!うちね、お野菜が切れてたの。はい!」
男の握る菜を奪うように受け取ると、空いた手にすかさず銭を握らせる。
タウンに出掛けの声を掛ける為に覗いた朝の厨の隅には、菜はまだ充分残っていたのに。

「ありがとう、また来るわねー!」
「あ、お奥方様!大護軍様!!」
二の句を継がせぬ勢いでもう片手で俺の掌をきつく握り、この方は小走りに大路の雑踏へ紛れ込んだ。

一事が万事この調子だ。出歩くだけで気疲れがする。
息を吐く俺を遠慮がちに見、チュンソクが繰り返す。
「大護軍」
「・・・ああ」

しかし敬姫様はあの方の衣裳に何の御用か。
問うた眸に困ったようチュンソクの視線が泳ぐ。
「何だ」
「実は、キョンヒ様が・・・是非とも医仙にお願いしたいと」
「何を」
「俺達の婚儀にどうしても、医仙のお召しになった衣裳と同じ物を着たいとおっしゃって」
「着ろよ」

あの方は決してそんな事で気分を害さぬだろう。
嬉し気な顔が浮かぶ。お揃いね。そんな暢気な事を言いながら敬姫様と笑い合うだろう。
この心など御存知のわけがない。

あの姿を俺だけのものにしたい。
その姿が焼き付いているのはこの瞼の裏だけで良い。
強欲で身勝手な俺の肚裡など、全く考えぬ方だから。

「ところが・・・」
困り果てたという顔で、情けなく此方を見るチュンソクの目。
「あの仕立屋が、どうしても首を縦に振ってくれず」
「銀主公主様の御用達ではないのか」

あの方の望む白絹を手に入れたは良いものの、何処も尻込みして仕立を引き受けなかった。
そんな折あの仕立屋を御紹介下さったのは、他ならぬ敬姫様御自身。
その姫たっての願いを断わるような、不義な主には見えなかった。
通り掛かる俺達を往来で見かけただけで店を飛び出して来た程だ。

「あの御衣裳は医仙の為だけのものだと。他の衣裳であれば幾らでも、どんなものでも仕立てるから、勘弁してはもらえぬかと・・・」
チュンソクも困り果てているのだろう、口籠りつつ呟いた。

何故どいつもこいつも、こうまで事を荒立てる。
お気に召したなら黙って召されれば良い。
主も黙って仕立てれば角が立つ事もない。

「儀賓大監や銀主公主様は、あの天界の衣裳でも問題ないのか」
「キョンヒ様と俺に全て任せると、おっしゃって下さいますが」

それでも何処でどう雲行きが変わるかは判らない。
儀賓大監の娘姫が、あれ程に目立つ天界の衣で婚儀を挙げるとなれば。
此処で揉めれば仕立屋の主もこの後敬姫様のみならず、大監や公主様にも顔が立たぬ。

あの方が仲介に立つのが良いのかもしれん。
無言の俺を慮るように卓向こう、この肚を読もうとする男へ嘆息と共にぼそりと呟く。

「医仙に、訊いてはみる」

 

 

 

 

2 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん様
    もう大丈夫なのですか?
    私達は嬉しいですが、無理なさってませんか?
    書いてる方が気が紛れると良いのですが。
    このヨンも堪りません~(≧∇≦)
    どんだけ独り占めしたいんだか!
    代金は払うから全て忘れろですって!
    無理ですよ~、ヨン。
    津々浦々、老若男女全てに知られちゃってるんですからね、ウンスの美しい花嫁姿は(^-^)
    そしてあなたの凛々しい姿もですよ♪
    あ~見たい!実写で見たいです!
    脳内妄想だけでなく。
    仕立て屋さんに「お子様の産着」って言われた時の二人の顔も見てみたい(≧∇≦)

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です