2016 再開祭 | 木香薔薇・柒

 

 

「・・・気が付きました?」

呆けた頭で目を開いた途端、そんな声が耳に飛び込んで来る。
目を開いた俺の視界いっぱいに、青空が広がっているようだ。

光の射し方も、空の色も風の香も、先程までと寸分の違いもない。
上を向いた訳じゃなく空が見えると言う事は、俺は今寝転んでる。
そして柔らかい枕が、この頭に下にあった。

そう思い至るまでどれくらいの刻が掛かっただろう。
「・・・・・・はい」

この口が動き、この咽喉から発した声のはずなのに。
それはまるでどこか遠く離れた処で、他の誰かの口から出た声のように聞こえる。
しっかりしろ。自分を鼓舞しつつ体を起こそうとすると
「ああああ、ダメです!」

あの優しい声が慌てたように聞こえて来た。
未だ焦点の合わない目を何度も瞬いて、どうにかその声の出処を探し当て、俺の心の臓は今度こそ止まった。

俺が今横たわり、頭を乗せているその柔らかい枕。
それこそ正に、その優しい声の持ち主の膝だった。

「動かないでね。お願いだから。さっきから、ちょっとただの捻挫とは違う症状が出てるみたいで」
その人は心配そうにそう言いながら、膝枕の上の俺を覗き込む。

その時一つに纏めた長く紅い髪がその肩から幾筋か零れて、俺の鼻先をくすぐった。
「・・・一体、何が・・・」

あの時この声を聞きながら、目の前が暗くなったのは微かに憶えている。
けれど自分に一体何が起きたのかが判らない。
俺の問い掛けにこの人は曖昧な表情を浮かべて言った。

「・・・うん。気を、失ったみたいですね。でもほんの数秒だから。テギョンさん」
「はい」

急に改まった声にどうにか頷くと、俺を覗き込む薄茶の瞳が影を差したように少し曇った。
それだけでまるで晴れた空の太陽を雲が隠したように、周囲の景色までが薄暗くなったように感じる。
「思い出せる限りでいいの。今まで、こんな風に気を失ったことはありましたか?」

その問いに俺が答える前に、ソンヨプの声がした。
「まさか!若様がこんな風になったのは正真正銘、今回が生まれて初めてです!」

煩いな、と言おうとして気が付く。
俺の足はソンヨプの立てた膝の上。頭よりも高く持ち上げられて、その膝の上に置かれていた。
そんなにまでして支えてくれているソンヨプに、邪険な声を投げる訳にも行かない。

そして俺が見上げるその人は、俺だけを見て頷きながら
「さっき私が転ばせちゃった時、テギョンさん頭も打ちました?」
不安そうに尋ねながら、小さな手の平がゆっくりと俺の頭を撫でてくれた。

こんな風に優しく撫でて頂けるなら、いくら気を失っても良いな。
頭の隅で不謹慎な事を考えながら、けれどその問い掛けには正直に
「いいえ」
と答える。頭どころか、地面に手すら付いていないと憶えている。

正直にお答えしたら薄茶の瞳の影が晴れると思ったのに、晴れるどころか曇っていく一方だ。
「ちょっとだけ、脈を診てもいいですか?」
その声にもう一度素直に頷き
「勿論です、いくらでも」
そう言うと、細い指先が温かく俺の手首を包み込んだ。

しばらくそれを押したり、緩めたりした後に
「テギョンさん。もしよければ、何日か脈診に通いたいんです。構わなければ、テギョンさんのお家の場所を教えて頂けませんか」
この方は影の差したままの瞳で、俺だけに向かってそう訊いた。

その時
「医仙!!」
先刻までの、あの従者の声が通り中に響き渡った。

「なな、な、何してるんですか医仙!!」
「トクマン君、あ」

今まで俺だけを覗き込んでいた瞳が上がり、そして先刻まで差していた影が急に晴れた。
それだけでもう一度太陽が顔を覗かせたように、通りの景色まで明るくなったように感じて、俺は眩しさに目を細める。
「ヨンアまで、どうしたの?」
「・・・此方が聞きたい」

それは今日、初めて聞く声だった。

その声にどうにかこの人の膝の上で頭を横に向け、そこから新たな声の主を探す。
先刻の従者の顔は憶えている。そしてその横に、見慣れない鎧姿。

先刻の従者も怖ろしく背が高かったが、新しい男も遜色ない。
膝枕に横たわって見上げると、まるで雲を突くほど大きく見える。

纏った鎧は先刻の従者の鎧と、色は似ている。
鉄御納戸の鎧、但し刻まれた紋様や、その意匠が少し違う。

従者の纏った鎧には胸に一匹、大きな麒麟の刻まれた意匠。
新しい鎧姿の男の物は、両肩に一匹ずつの麒麟が、そして立襟の細部にまで細かな紋章の刻み込まれた立派なものだった。

見た限りでは初めて見るこの男の鎧の方が、位が高そうだ。俺はまだ何処か茫とした頭で思った。
ただそれより目を奪われたたのは、鎧の意匠の違いより寧ろ新たな男の表情の方だ。
新たな男の凛々しい両眉はこれ以上なくきつく顰められ、眉間にはこれ以上ない深い縦皺が刻まれ、その下の形の良い黒い双眸は。

その双眸は、これ以上ない程に険しい色を浮かべていた。

そしてこの人でもなく、ソンヨプでもなく、無論自分の横の先刻の従者でもなく。
柔らかな膝枕の上どうにか顔を横向けた俺の目を、無言のままで睨みつけていた。

「それは」

新たな男は低い声で、ほんの短くこの人に問うた。あまつさえそれと言いながら上げた顎先で俺を差し。
それと言うのは、やはり俺の事だろうか。それともこの膝枕の態勢の事だろうか。
そして何方にしろ、何故こんな目で、初見の俺が睨まれるんだろうか。

俺は意味も分からず瞬いて、相手の黒い双眸を見つめ返した。
いつもなら俺に無礼な振舞いがあれば必ず喧しく口を挟む筈のソンヨプは、珍しく静かなまま俺の足を抱え続けているだけだった。

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    ひーーーーーーーーーっ
    ヨンまで来ちゃった(やっぱり)
    コワイわよ きっと鬼の形相…
    トクマンは尋常じゃない汗をかいてるかも
    ウンスの膝枕 髪の毛もふれちゃった…
    危うしテギョンさん 
    淡い夢はここまでか 後は現実( ̄Д ̄;;

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    なんて間が悪いの(*_*)
    膝枕…膝枕…
    そりゃヨンは怒ります!
    ソンヨプも何か感じて
    言葉も出ないんでしょうか?
    若様の初恋のトバッチリで
    ウンスもお気の毒だわ(^-^;

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    さらんさん
    やっと、ヨンお出ましですね~
    しかも、この上ないタイミング
    いいですね~(笑)
    テギョン、すぐに雷攻の餌食にならなくてよかったですね。ヨンがいつまで膝枕に耐えれるかのはなしですけど。
    ただの恋煩いなんだけど、どんどん方向が・・・続きがたのしみです。

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    もう、楽しすぎます。、、ふふふ。
    若様には、ぜひ、ヨンの膝枕も味わってもらいたい。ぷぷぷ。。。
    はやく、続きが読みたいですー。

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