2016 再開祭 | 石蕗・結篇 ~ 瑩

 

 

理屈など無かった。
初めから、ただ素直になっていれば良かった。

名分など無かった。
探す前にもっと他にしておくべき事があった。

廻り道の最後に出る答は最初から判っていた。
どれ程離れようとあなたを探す事。追い掛ける事。

それを腕の中で教えて逝った奴がいる。
大切なものの為に生きるなら悩むべきでは無いと。
重い無言の約束を前に笑った奴がいる。
大切なものの為に、この心のまま正直に生きろと。

「天下を取らんか。チェ・ヨン」
毒蛇が赤い舌を出して問い掛ける。その舌で毒を撒き散らす。
「この王はお前を猟犬として重宝するのみ。無用になればあっさり煮えた湯に放り込む。
それでもお前は喜んで従おう。そういう男だ」

宣任殿の床に剣を突き立てても、毒蛇の囁きは止まらない。
「民草は王の名など知らぬ。しかしお前の名を知らぬ者は居らん」

隊長。あなたは間違えた。間違えたのです。その命を以て答えるなど。
答は目の前に見えていたのに。口に出すべきだったのに。

畏れない。これからどれ程の命を背負おうと。
逃げない。その為にこの先どれ程苦しもうと。
迷わない。大切なものの為に己を懸ける事を。

戦い続ける。背負いたいと願うあなたの為に。
生きて答を返す。最初の民になった王様へと。

「良い時間稼ぎになった」
そして徳成府院君。裳を翻し、宣任殿を出て行くお前だけは。
お前だけは、決して赦さない。

 

*****

 

「・・・火女の遺体が消えた」
あの方を置いて来た迂達赤の部屋の中。
一縷の望みを賭け踏み入った俺に、魂の抜けたような叔母上が言う。

戻る途中でテマンに聞いている。
あの方が坤成殿へ向かう途中で消えた事。
そして奴の首に残った、痛々しい火傷の痕も見ている。
「千音子が運んだか。だが遺体を担ぎ、医仙までは攫えん。他に誰か助ける者がいる」

生きているならそれだけで良い。この手で探し、連れ戻す。
「あの方の様子は」
「一晩高熱が続いたのだろう、良くはない」
「毒は」
「医仙は解毒できたと言うたが」

宣託のようにその声を聞く。解毒が本当なら。それなら尚更だ。
「急がねば」
「何処へ行く」

踵を返した俺に、初めて立ち上がった叔母上の制止が掛かる。
「王様も此処にて報せを待てと」
「待ってる!!」

待っている。此処で待って戻るなら、己の何と引換にしても構わない。
「待っているが」
「此処に居てやれ」

石になっても待っている。此処で待って戻るなら。それでも。
それでも心は駆けて行く。俺を呼ぶあなたの声を追って行く。

こうしている間にも距離は開く。絶対に喪う訳には行かない。
背にした叔母上へと振り返り、その目に向けて俺は言う。

「生きていけない」

この眸を見つめ返す、瞬きすら忘れたその目に向けて。

「このままじゃ、俺は」

壁に掛かる鬼剣を握り部屋を出る背に、制止の声は掛からなかった。

 

*****

 

「国境までの検問を敷いた。それから」

外出の御許しを得る為に再び戻った宣任殿。
俺の姿に声を掛けて下さる王様へ頭を下げる。

「行先は天門です。途は判っております」
「もしや医仙を探し、取り戻せれば、そなたも行くのか」
「答の為に、某の足止めをされますか」

答えた筈だ。それ以上の答など無い。
こうしている間にもあの声が途切れそうで怖い。

何も要らない。あの方さえ居れば生きていける。
そして護る為なら、俺の全てを差し出せるから。

しかし王様は微かに首を振ると、俺から僅かに御目を逸らされた。
「そうではない。居場所が判ってから動く方が良いであろう。そして医仙と共に行くと言う返答を聞く為だ」

共に行く。あの方と共に何処までも。天界でも地の涯でも、全ての楔を断ち切って。
その淡い夢のような逃避行に心が躍らぬと言えば嘘になる。
何もかも忘れ、柵を捨て、これ以上何一つ背負う事もなく。
あの方だけを考え、あの方だけを見詰め、あの方だけの為に生きる。

思わず眸を伏せる俺に向け、王様の御声は続く。
「隊長は疲れ果てておろう。故に、医仙と行っても良いのだ」

同じ過ちは二度と犯さない。俺は逃げない。
そしてあの方を逃がさない。必ず共に生きる。

「答は出ております」
顔を上げ、王様へ最後に答える。
これから何千何万尋ねられようと、返す答は揺らがない。

「某の師の出した答と同じ過ちは犯しませぬ。故に戻りました。
どうか某の何より大切な方を救えるよう、お力添えを」

楔に自由を奪われ、柵に雁字搦めにされ、全て背負っても。
それでもあなたさえ居れば、俺は何もかも超えて前に進む。

目前の王様へ一礼し、そのまま振り返らずに宣任殿を出る。

あなたが再び動かした心の臓で、あなたの為だけに息をする。
あなたの為に生きる。そう思うだけで今、こんなにも自由だ。

夜の静寂を縫い、確かにこの耳へと届く声を追い駆けて。

괜찮아요

壁に残した、愛しい文字を書いた手をもう一度握る為に。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    叔母様もびっくりでしょう
    ヨンの口から 「生きていけない」なんて
    聞くなんて~
    それほど 好きになっちゃったのね
    もう どんなに止めても
    ウンスしか ダメって
    恋しちゃったんだよね~。

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    「生きていけない」
    「このままじゃ、俺…」
    ウンスが、解毒できたらしい…ということは、連れていかれたことで分かる。
    でも、途中で、二度とウンスの声を聞くことができない状況になっていたら…
    そう思うと、今やっと素直な気持ちで、
    「生きていけない」
    と呟きました。
    あのときのヨンの姿…、頭から離れません。
    凄く凄く辛そうだったから。
    何の情報もない中ですから、不安でたまらなかったですよね。
    分かっている結果ですが、緊張が伝わり、ヨンと共に辛いです。

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    明けまして
    おめでとうございます
    今頃新年の挨拶で申し訳ありません(^_^;)
    年末年始の更新ありがとうございます。
    久しぶりのソンジンにやったぁーと嬉しくなっちゃいました。
    確か、さらん姉さんのイメージはチ・チャンウクさんだったはず⁈
    大好きなさらん姉さんの不器用で手を握るだけで私のアドレナリンを出まくりにしてくれるヨンを読みながら新年を迎えられて幸せです。
    私はどんなかたちでもさらん姉さんのシンイが読みたい‼︎
    花男も気になりますし…
    私としてはビッベン妄想小説大歓迎ですし…
    今年もよろしくお願いいたします。
    地元ライブの後、年末29日の京セラも行ってまいりました。
    サヨハジは1人で行ったのですがメンバーからたぷさんにメッセージの頃から会場中がすすり泣きでした。たぷさんの涙を見た時には我慢していた私の涙腺は崩壊しておりました。
    やっぱりbig bangは最高にかっこいい‼︎歌もパフォーマンスも最高です‼︎
    すごーく寂しい
    めちゃ寂しい
    もう韓国入りされましたか?
    サヨハジでチケット譲って下さった方も両隣りの方もソウル行くと言ってみえました。
    私は身体は日本の映画館ですが気持ちはソウルへ
    さらん姉さんソウルのライブ情報是非是非教えて下さいね。
    ラストダンス…こんなに切ない気持ちになる曲は久しぶりです。でも大好き。
    さらん姉さんいってらっしゃい♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪

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