2016 再開祭 | 五徳・肆

 

 

【 徳目之四・倹 】

 

 

窓からの光は既に、息も止まるほどの夏の明るさに満ちている。
そこまで迫った夏至の暑さに誘われ、直に蝉も啼き始めるだろう。

康安殿の王様の執務机の横。
光が王様の御目に直接当たらぬよう僅かに立ち位置をずらし、さり気なく影を作る。

その所為で逆に机の上の書を繰る御手元が暗くなられたか。
王様はふと御顔を上げて、窓際の俺を見つめられた。
「迂達赤隊長」
「は」

御声に一歩寄って頭を下げると、王様は愉し気に口端を上げられた。
そして周囲の内官達を一瞥されると、御声を落として低く問われる。
「婚儀の進み具合の方は如何か」
「・・・は」
「あれが我儘を申してはおらぬか」

王様の姪御姫だ。
しかし皇位剥奪となった今、特に皇宮内で大きな声ではその御名を呼んではならぬのかもしれん。
一連の事の裏にあった真実は仕掛けた大護軍と受け入れて下さった王様と、そして俺だけが知っている。

「いえ、そのような事は」
「世間知らず故、隊長には面倒を掛ける」
「畏れ多い事です」
「しかし」

何を思い出されたのか王様は懐かしそうな御顔で、康安殿の中をふと見渡された。
「迂達赤隊長」
「は」
「此処だったな」

おっしゃった王様の御目は玉座の向こう、階の下をご覧になっている。
「血相を変えて、余に訴えて来た。銀主公主と共に即位の祝賀に訪れたとばかり思うておったのに」
愉し気な笑い声を漏らされ、玉座の向こうのあの日のキョンヒ様を見るような、優し気な御声は続く。

「あそこで尼になると叫んでおった。覚えておるか」
「はい、王様」
「思えば当時から、風変わりな娘であった」

褒められれば己の事より嬉しく、貶されれば己の事以上に悔しく。
しかし王様御自ら懐かし気にお話頂くと、どういう顔をして良いのか判らん。
ましてや一風変わった姫様なのは、誰より己が知っている。

「公主から伺った。あの時あれが、一方的にそなたを見初めたと」
「王様」

人の悪そうな御顔で、王様が此方をちらりと眺められた。
「昔から不思議と人を見る目があった。あれが懐いた者は誠実で、忠に厚い者ばかりだった」
「王様」
「年端もいかぬどころか、まだ二つ三つの子が抱かれて笑った者は、例外なく取り立てられたと聞く。
それこそ儀賓大監の邸の下働きから、皇宮の尚宮から、大臣までな」

王様はゆったりと御背を玉座の背凭れへ預けると、今や確りと俺を見上げておっしゃった。
「確かに人を見る目がある」
「王様、それは」
「表だって何一つしてやれぬ叔父だ。ただ可愛い。そして申し訳ない」

王様の王座を脅かさぬ為に、キョンヒ様自ら皇位剥奪を望まれた事をおっしゃっているのはよく判る。
しかしその騒動に、そしてキョンヒ様の下した決断に、俺自身が一枚噛んでいる事は否めない。
「その華燭の典ならば、何でもしてやりたい」
「王様・・・」
「儀賓大監の娘であり、迂達赤隊長の妻となるのは事実なのだ。しかし直接尋ねるわけにもいかぬ。
故に迂達赤隊長に訊いておる。あれが何か欲しがるような、叶えたがっているような事は無いのか」
「王様の」

これを俺がお伝えして良いのかは判らない。
それでも御顔を合わせ、直接御言葉を交わしあう事の難しい御二方だ。
王様にお伝えするなら、俺しかあるまい。

「御心が伝わるだけで充分かと。あの方への何よりの贐です」
「隊長」
「畏れながら誰より王様をお慕いし、御心を砕いていらっしゃいます」

だからきっと俺におっしゃるのだ。お役目頑張って。
俺の無事を祈り王様の盤石の世を守れと、そう繰り返して下さる。

「では迂達赤隊長に問う。何か望みはないか」
「御座いません」
「婚儀の後の住まいはどうする」
「拙宅へお移り頂きます。あの方には不便な苫屋ですが」
「あれは隊長と一緒なら何処でも極楽であろうが、皇宮から遠かろう。隊長の登庁には不便であろうに」
「一向に構いませぬ」
「大護軍と言い、隊長と言い」

王様は困り果てた御顔で息を吐き、首を傾げられる。

「誰一人余の気持ちを受け取ろうとせぬ。迂達赤は何故揃いも揃って石頭なのか。のう、ドチヤ」
「・・・親を見て育たれるからでしょうか」

呼ばれた内官長殿が、穏やかな笑みを浮かべて恭しく頭を下げる。
「民の間では申します。子は親を見て育つ。親を見れば子が判ると」
「という事は」

王様は愉し気に内官長殿を上から下まで眺めて頷いた。
「そなたやチェ尚宮を見れば、寡人が判るという事か」
「畏れながら」

内官長殿は曖昧に首を傾げて、その王様へ静かにおっしゃる。
「王様と王妃媽媽を拝すれば、臣下の我々全てが判るという事かと。
王様は万民の父上、王妃媽媽は母君であらせられますから」

さすが内官長殿だ。全く角の立たぬ見事な納め方に膝を打ちたくなる。
思わず深く頷く俺に、内官長殿が微笑み返す。
「王様」

此処は任せて下さいとばかりに、内官長殿が一歩進み出る。
近くに寄られた内官長殿に怪訝な御目を当てられた王様の御耳へと体を傾けて、内官長殿は囁いた。
「迂達赤隊長様とキョンヒ様への御祝をお考えならば、僭越ながら」

その声に、王様の御目が輝いた。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    お久しぶりのドチさん~❤
    ここぞという場面で
    素晴らしい事を仰いますね(^^)
    ドチさんご推薦の御祝い?
    気になります~~(^-^)

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    ドチ内官何を言ったんだろ⁈
    気になる~
    大好きなチュンソク♡キョンヒcoupleのお話でほのぼのします。
    キョンヒ姫の可愛い一途な想い、ヨンに負けず劣らずの不器用で男前なチュンソク!
    さらん姉さん、お祝いなんですかー?⁇

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