2016再開祭 | 黄楊・拾陸

 

 

「王妃媽媽には問題無いか」
「恐らくは・・・」
御部屋外から聞こえて来る、あ奴と衛の武閣氏の交わす声。
それなりに切羽詰まっておるのだろう。
あの慎重な男が低いとはいえ王妃媽媽の御部屋前、中まで届く声を上げるなど。

「・・・参りました」
私の声に王妃媽媽とウンスが頷く。
「じゃあ媽媽、セリフは一言だけで結構です。あとはそれぞれ」
ウンスは目を輝かせ何処か楽し気に言うと、拳を上げてみせた。
「打ち合わせ通りならきっとうまくいくはずです。アジャ!」

意味の判らぬ掛け声に頷くと王妃媽媽は息を吸い、小さな御声で鋭くおっしゃる。

「出て行くが良い」

始まりの合図の御声に御部屋の扉に指を掛けて開き、私は静かに廊下へ滑り出た。

 

*****

 

「では、王妃媽媽と王様のお話は」
呆れ果て、話の途中からは唸り声しか出なかった。
叔母上に伝えられた事の顛末は、思っていた以上に恐ろしかった。
「端から筋書きが決まっていたのか」

ただ踊らされただけか。しかしそれならまだ良い。
踊らされた事には心底腹立たしいが、一連の騒動で王様と王妃媽媽を危険な目に遭わせたと思うよりは。
しかし叔母上は無情にも首を振った。
「いや。確かに媽媽は王様を御説得するとおっしゃっていらしたが、何をお話になるかまで決めておらなんだ。
芝居の筋書きは私が役目を辞す、媽媽はそれを王様にお伝えする、それだけだったからな」
「では一体何を如何すれば、母だの義兄だのの話に」
「私の方が知りたい。少なくとも今判るのは」

この長話の間も、あの方は未だ戻って来ない。
すっかり暗く肌寒くなった庭先で、気付けば今宵も居間で蝋燭の灯が揺れている。
言いたい事は全て言い終えたか。
並ぶ叔母上も廊下の先の寝屋の扉を目で確かめつつ、独り言のように呟いた。

「終わり良ければ全て善し。そう思うしかあるまい」
「・・・そうか」
「王妃媽媽と王様の御話を知るのは共に御部屋に居たウンスだけだ。興味があるなら後で聞き出せ」
「叔母上は」
「結構だ。知れば本当に寿命が縮みそうだからな」
「ああ」

俺も同じだ。改めて問い詰め、真実を知る自信がない。
あの貴き方々が俺と叔母上について、何を語られたか。
「ところでウンスは遅い。湯でも使っているのか」
「湯屋ならここを通る」
「部屋を確かめて来い。心配だろう」
「・・・構わん」

宅内に居るのは判っている。
今叔母上の前に戻って来れば、揃って説教を受ける羽目になる。
あの方が一体何を企んだか。それがどれ程の危険を孕んでいたか。
俺ですら胃の腑が捩じれる程に痛む。叔母上は尚の事だろう。

載るしか手立てがないから載ったのだろうが、いつもなら一喝して終いになった。
今此処で白状させれば、あの方も叔母上の速手の一発は喰らう。
その姿は見たくない。しかしあの方のした事を思えば庇えない。
「で、お前の首尾はどうだった」
「首尾」
「昇格をお断りして、王様は何とおっしゃった」
「ああ・・・」

ひと芝居打ってまで先行きを心配させた以上、伝えぬ訳にもいかん。
王妃媽媽を巻き込んだ手前、叔母上から王妃媽媽への御報告も必要。
しかし口が裂けても言えん。
たとえ相手が叔母上だろうとも、死ぬまでこの胸の中だけに収める。
王様が臣下に頭を下げるとはそれ程に重い。
この世の誰一人、それを知る必要などない。

「タウン」
叔母上への返答代わりに厨の扉へ呼ぶと、音なく開いた厨扉の細い隙間の向うからタウンの顔が覗いた。
「はい、大護軍」

珍しい。いつもならそんな無精に俺の話を受けたりはせん。
必ず扉から出て此方に向かい、姿勢を正して話を聞く筈が。
「・・・コムを呼んで来てくれるか」
「畏まりました」

そのまま厨扉は静かに閉まる。そしてもう一つ判った事がある。
どれだけ用心深く隠そうと、この眸だけは欺けん。
開いた細い隙間の奥、確かにあの方の気配がした。
寝屋で着替えて此方へ戻らず厨裏へ回り、扉越しの厨内で立ち聞きか。

「ヨンさん」
考えの纏まらぬうちにタウンとコムが庭先に現れた。
並んで頭を下げた二人に頷くと
「騒がせた」

そう切り出せば並んだ二人によく似た笑顔が浮かぶ。
「宅を引き払おうと思っていた」
「はい」
「王様の御意向に逆らった故」
「はい」
「その話は収まった。お前達にもまた手を貸して欲しい」
「勿論です、大護軍」
「但し」

改めた声音に、浮かんだ二人の笑顔が拭ったように消える。
「先刻タウンには伝えた。次に引き払うと決めた時付き合う必要はない」
「ヨンさん、それは」
何か言おうとするコムの声に被せて
「必ず次の勤め先の目途をつける。黙って従え、良いな」
「大護軍」

声が切れるのを待ち俺を呼ぶタウンの目は、叔母上とそっくりだ。
「どうか正しい道を、されたいように」
「タウン」
「付いて行くのが正しいと思えば、私たちもそう致します」
その声に横のコムも深く頷く。
「はい」
「お前ら、判らんのか」
「・・・家族だからな」

叔母上は此処ぞとばかり、俺に向かって言い放つ。
「仕方なかろう。お主も骨身に沁みて覚えておいた方が良い」
「タウンを武閣氏に戻すと言ったろう!」
「タウンにその気があればの話だ。その気の無い者に兵になれ、命を懸けろと無理は言えぬ。違うか」

俺が何かを口走る前に、タウンが笑って頷いた。
「隊長」
「何だ」
「隊長に頂いた御恩は死ぬまで忘れません。私の命は隊長と大護軍御家族にお預けしています」
「有り難い」
「けれど、もう皇宮を守るためには使えません」

皇宮を守る為。武閣氏として王妃媽媽には捧げられんという事だ。
「判った。心しておく」
「叔母上!」
「申し訳ありません、隊長」
「悪い事などあるものか」

タウンの正直な告白に叔母上は逆に満足げに頭を振った。
「兵の最高の倖せは、その為なら死ねる主を持つ事だ」
「はい」
「夫君もそれで良いのだな」
「はい、チェ尚宮様。タウンを宜しくお願いします」
「引き受けた」

・・・頭が痛い。唯でさえ昨夜から考え過ぎていたものを。
馬鹿ばかりでほとほとうんざりだ。迂達赤だけなら未だしも、己の宅内にまで。
太い息を吐いた刹那
「・・・コム」

一拍遅れコムも気付いたのだろう。
門の方から聞こえて来る、厭というほど聞き慣れた騒々しい声に。

何で閉まってるんだ。 いや、まだ内にいらっしゃるはずだ。
どうして判るんだよ! よく見ろ、篝火が焚いてあるだろう。
そんな声の合間に重い門扉を叩く音。大護軍、大護軍と呼ぶ声が。

「お迎えして来ます」
此方に向けた一礼の後、コムは巨きさに見合わぬ俊敏さで門への径を駆け戻る。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    こわいこわい(笑)
    誰も 何か言ったわけじゃないし
    言わせたわけじゃないのに…
    ウンス( ̄▽+ ̄*) したり顔♥
    次から次へ ヨンを慕うものが…
    つくづく幸せですね 大護軍

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