2016 再開祭 | 気魂合競・柒

 

 

こんなかんかん照りで、まだ梅雨だなんて信じられない。
雨は多すぎても少なすぎても苦労する。
山も川も、森も田も、もちろんそこにいるみんなや動物たちも。
熱い空気の中にもっと熱い息を吐き出して頭を振ると、砂と一緒に汗に混じった土ぼこりが泥になって飛び散った。

あの夜チェ尚宮さまに医仙を人質に取られた時は、どうしようかと心配になったけど。
隊長に言われたとおり、俺は一人でも多くぶっ倒さなきゃいけない。
大護軍の名前を、絶対に汚さないように。

大護軍は少しでも楽に、一刻も早く決勝戦で勝てるように。
大護軍がもう一度、そして何度だって医仙を取り戻せるように。

チェ尚宮様さまが何を考えてるのかは分からないけど、そんなのは俺には関係ない。
戦なわけじゃない。相手を倒すわけじゃない。手刀は使わないからすばしこさが取り柄で体が軽い俺に角力は不利だ。
でも絶対に負けることは考えない。ただ勝つことだけ考える。

そう思いながら太い幹に蓆を巻いた目の前の大木に向かって、俺は腰を低くしてもう一度飛びかかった。

 

******

 

力尽きて息を切らし、地面の上に寝転がる。
上から容赦なく照らす太陽は、もうすっかり夏の強さで目に痛い。

トルベの槍を継いでから今まで、奴に追いつこうとひたすら槍だけやって来た。
奴に恥ずかしくないよう、そして大護軍に恥ずかしくないように。
チホに頭を下げ、朝の鍛錬が始まる前、そして夕の鍛錬が終わって鍛錬場が空いた後に。

照りつける太陽に負けて目を閉じて、どうにか息を整える。
負けたくないと思う。あの槍の持ち主に、そして俺の大護軍に絶対恥をかかせたくない。

けれど思うだけなら誰でも出来る。武人なら戦果が伴ってこそだ。

いつの間にか幾度も潰れて固く盛り上がった胼胝だらけの拳を握り、地面の上から飛び起きる。

俺の武器。槍を使う戦じゃない限り、俺の武器はこの手足の長さ。
上背がある分、体にも重さがある。
相手の襟を掴んで足を払うか、投げを打つか。怪我はさせるなと大護軍の命を受けている。

俺は腰を落とすと、七つ纏めて麻縄で括り付け鍛錬場に転がしてある砂袋を抱え上げた。

 

******

 

お屋敷の門で名乗ったら、門番さんは慌てて中に飛び込んだ。
そしてすぐに戻ってきた時には、やっぱりハナさんを連れて来てくれた。
「ウンスさま、お久し振りです」

嬉しそうに笑ってくれるハナさんに、私も笑って頭を下げる。
「お久しぶりですハナさん!キョンヒさまも、ご家族の皆さんもお元気ですか?」
「はい」

ハナさんは門番さんに頭を下げると私と並んで立派な門をくぐり、まるで植物園みたいなきれいなお庭を進み始めた。
「ウンスさま」
「はい」
「あの・・・」

いつもハキハキしたハナさんは珍しく言葉に詰まりながら、横を歩いていた私に振り返る。
「私などが、伺って良いのか」
「ど、どうしたの?!何?!」

深刻そうな表情に、思わず心臓がドキンとはね上がる。
やめてよ?隠してたけどハナさんかキョンヒさまか、乳母さんか、それともご家族が本当は体調不良だったなんて。
そんなことを聞いたら、大会のお誘いどころじゃない。浮かれてる場合じゃないわ。

思わず体を固くして自分を見詰める私の目を見ると、ハナさんは困ったように眉を下げた。
「最近チュンソク様がとてもお痩せになって。相変わらずお役目の後にはお立ち寄り下さるのですが、その刻も遅くなりがちで・・・
姫様もお口にはされませんがお心を痛めておいでです。私も夕餉に気を付けて、精の付きそうなものをお出ししてはいるのですが」
「あ・・・あぁ、よかった!」

思わず本音を漏らすと、ハナさんは驚いたように目を丸くした。
「あ、そうじゃないの!チュンソク隊長が痩せた理由だったら分かってるから。誰かが体調不良じゃなくて良かったって」
急いで首を振ると、ハナさんはようやく納得したように少しだけ笑ってくれたけど。

良かった。チュンソク隊長、こんなに大切にされてるんだわ。
キョンヒさまもハナさんも、こんなに心配してくれるくらい。
これならお誘いも断られることは絶対ないはず。自分のプランに内心で指をパチンと鳴らして、私はもう一回ニッコリ笑った。

 

「ウンス!」
「キョンヒさま、お久しぶりです!」

ハナさんと私の戻りを待っててくれたんだろう。
私たちの足音に、御殿の前庭に立っていたキョンヒさまがぱたぱた駆けて来てくれた。

昔の人はいいことを言ったわ。さなぎが蝶に、つぼみが花に。
それってまさに今のキョンヒさまのことよ。
最初に会った時はまだまだ女の子って感じだったキョンヒさまの変身ぶりに、思わず大きな声が出ちゃう。

これは・・・チュンソク隊長のお手柄、なのかしら。
きっとこんなにきれいになったら、絶対放したくないわよね。

王様の姪ごさんって聞いたけど、すっきりしたお顔立ちの王様に比べて、あの頃のキョンヒさまはフンワリした可愛い系だった。
今は頬も体型もすっかり若い女性になられて、でもあの頃の可愛いキラキラした丸い目や、健康そうなピンク系の肌はそのまま。
この時代シャンプーするのも大変だろうに、長い髪には枝毛1本も見えないし、つやリングまでしっかり浮かんでる。

久しぶりにこんなお近くで拝見する、その真っ黒い濃いまつ毛や小鹿みたいな黒目がちな瞳。
「本当におきれいになられましたね、キョンヒさま。それにとてもお元気そうです」

私の言葉がお世辞じゃないことは分かって頂けたんだろう。
それでもご自身へのほめ言葉なんてどうでもいいようなご様子で、キョンヒ様は切羽詰まったような早口でおっしゃった。

「ありがとうウンス、来てくれて良かった。お会い出来ねば、私から明日にでもお訪ねしようと思っていたんだ」
そしてキョンヒ様は私の手を握ると、そのまま引っ張ってご自身の御殿へ急ぎ足で戻る。

何しろ前庭だけでもすごい広さ。そこを御殿の入口へ進みながら
「チュンソクが変なのだ。ここ数日で、どんどん痩せていくし。それに顔を見せても、夕餉の時にはうとうと眠りそうになって。
声をかけると申し訳ないって・・・でも、何が起きているのか言ってくれない。
もしもどこか悪いなら、ウンスか、それとも大護軍にお願いして王様にお頼み申し上げて、侍医の診察を受けられないだろうか」

私の手を引っ張りながら振り向いたキョンヒさまの目にいっぱいたまった涙。
参ったなあ・・・と思わずため息が出そう。
私が安易に賞品になってもいいって言っちゃったばかりに、きっとチュンソク隊長だけじゃなく、迂達赤みんなが苦労してるのよね。
でも叔母様の心も、媽媽のご配慮も・・・どこから説明していいかを悩みながら、まずは振り向いたキョンヒさまに頭を下げる。

「キョンヒさま、実は今日はそのことで伺ったんです。チュンソク隊長は、病気なんかじゃないです。全然元気ですよ。
元気すぎて、頑張りすぎてるみたいで」

私の説明の途中、たまった涙が重力に負けて、黒い瞳からぽろりと一滴落ちた。
「元気、なのか、本当に」
「保証します。あの人からも、チュンソク隊長の体調については何も言われてません。ケガも病気もしてないです」
「・・・じゃあ・・・」

キョンヒ様は引っ張っていた私の手を離すと、慌ててごしごし頬の涙を拭いた。そんなところにまだ少女の面影がある。
拭き終わるまで私と、そして私たちの後ろにいてくれるハナさんは無言で待っていた。
ようやく顔を上げられたキョンヒさまはまだ真っ赤に充血したままの目で
「じゃあ、その事とは、どの事なのだ」

って、少し鼻声でお尋ねになった。

 

 

 

 

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