2016再開祭 | 蔥蘭・前篇

 

 

秋の終わりに僅かな温みを求めるよう、洗濯桶を抱えた女らは川岸の陽だまりに横一列に並ぶ。
それぞれが桶に手を切る程冷たい川の流れから水を汲み入れ、ある女は打棒で衣を叩き、ある女は足で桶の中の衣を踏みつつ四方山話に花が咲く。
交わされる騒々しい声に、暫し羽根を休めようと川に降りた渡り鳥さえ迷惑顔で飛び立って行く。

「そういや、天女みたいに美しいって噂だったけどさあ」
一人の女が口火を切ると、周囲の女が一斉に手を止めた。
「ああ、あたしも聞いたよ。医仙って女の事だろ」
別の女が桶の中に、灰の包を振り入れながら頷いた。

「そうそう。おまけにその医術は、町の薬房の主どころか皇宮の御医様より上だって」
「だけど聞いたろ。ボラムのとこの息子の話」
「聞いたともさ!」
女の一人がいきり立つように尖った声で言う。

「散々あちこちで医仙だって言いふらすから、どんな立派な医術かと思ってたんだよ。
気の毒に、ボラムはあの息子の病の事を、ずっと気に病んでたからね。
息子を背負って半日もかけて、あの医仙が逗留する宿まで山道を歩いてったってのに」

其処まで行って悔しさに目を潤ませると、真赤な顔で女は叫ぶ。
「あの医仙って女、息子を一目見るなり私にゃ治せない、それがこの子の天命だって言って、それ以上診もせずボラムと息子を宿から放りだしたんだってさ!」

どんな女にも母心がある。
まして互いにこうして寄り合い助け合う女たちは、その女の声に一様に怒りの籠った息を吐く。

「何だってぇ」
「そんなふざけた女が一体どうして医仙なんて偉そうに名乗ってんのさ!」
「自分も病の子を抱えてみろってんだ!」
「それも天女みたいに綺麗だっていうから、どんだけのもんかと思ってたら」
女はまだ罵り足りぬとでも言うように、毒々しく棘のある声で吐き捨てた。

「てんで不細工な女だったってよ。取り柄はせいぜい髪がちょっと赤い程度で、顔はまん丸だし鼻は押し潰したみたいにぺしゃんこだし、色は黒いし」
女らは口汚い貶し文句に、一様に口許を歪めてせせら笑った。
「それでも開京の男らは、そんな女が天女に見えるなんてね」
「あたしらの方がよっぽどましじゃないか」
「天女って呼ばれて皇宮に召し抱えられて、いい気になってるって事だろ。おまけに大護軍様の奥方にまでなって」
「・・・ちょいとお待ちよ」

一列に並んだ女らの一番端。
目立たず腰を下ろし、今まで無言を貫いていた一人が静かに口を開いた。
「それ、本当に医仙だったのかい」
「そうに決まってんじゃないか!他に誰がいるんだよ!」

今しがたボラムという母子の話をしていた女が、口を挟んだ女に怒鳴る。
「自分で医仙って言ってんだから、医仙に決まってんだろ」
「・・・あたしが開京で見かけた医仙って女は、全く違うんだけどね」
その声に周囲の女らは顔を見合わせ、まじまじとそう言った女を見る。

「あんた、開京にいた事があんのかい」
「ああ。もう昔の話だけどさ」
「一体何だって、あんな大きな町からこんな田舎に」

訊かれた女は気を持たせるように他の女らを順に見渡し、唇の両端を上げて見せた。
「女が屋移りする時は、いろんな事情があるもんだろ」
「何だよ、男から逃げて来たのかい」
「それとも男を追っかけて来たのかい」
「確かにあんた、いい女だからねえ」

からかいながら女らは、大きく笑いさざめいた。
話の中心は医仙という女からすっかり逸れて、川岸の四方山話の騒々しさには一層の熱が籠る。
いつの間にか話の中心に立った女は秋の陽に照らされる川岸で、他の誰にも聞こえぬように、肚の中だけで溜息を吐いた。

 

*****

 

秋の早い日暮れの中、町を行く民らの足取りは早い。
まるで今にも訪れる長い夜に追われるように、皆が出鱈目に目的地を目指して歩いて行く。

そんな景色の中、妙にゆったりとした足取りの男。
暇に飽かせて黒鉄手甲を弄りながら、長く濃い影を伸ばして一人石橋を渡って行く。

正面から夕陽の中を女が一人。しかし女の方は確実に目的地が判っていたらしい。
「一体どうなってんのさ、ヒド兄」

傾きかけた秋の夕陽が斜めに射し込む橋の上。
擦れ違った女は囁くと立ち止まり、下を流れる川を見る素振りで欄干に凭れた。
男は黒鉄手甲の拳を懐に、無表情な昏い眼で濃紺に移りゆく東の山を眺めるともなく眺めた。

「俺にも判らぬ」
「チェ・ヨンはどうだか知らないけど、医仙の方は絶対偽者だよ。
女たちが言うには、確かに髪は赤いみたいだけど、顔は丸いし鼻は潰れてるし、色黒だってさ。
まあ女が他の女を見る時にゃ嫉妬で眼が濁ってるってのは定石だけど、あたしの知ってるウンスって女とじゃあ違い過ぎるね」
「あ奴ではない」

男は確信に満ちた声で言い捨て東の山に顔を向けたまま、聞こえないほどの声だけで女に問い掛ける。
「何処であの女人を見知った」
答次第ではいつでも外すと言うように、男は懐手に嵌る手甲を、もう一方の指先で緩める。
女はそんな騒動は御免とばかりに肩を竦め、正直に答える。

「ヒド兄が帰ってくる前、開京でちょっとね。ままごと遊びをさ。
良い男に囲まれて楽しかったけど、半分は逝っちまったって。寂しいね」
女は流れる赤い川面の遥か上、濃紺から橙へと色を変えていく夕空へ目を移す。

「でも良かったのかもねえ。少なくとも守りたい相手を守って逝けたんだからさ。残されたあたしらが、あの二人を守らないとさ」

珍しく殊勝な女の呟きに、男は無言で溜息だけを返した。

 

 

 

 

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