2016 再開祭 | 春夜喜雨・拾肆

 

 

「大護軍、今のあれは」
懐に号牌を投げ込んで、何食わぬ顔で雨模様の通りを歩く。
この方を挟み小さな背の半歩後ろに従うチュンソクが低く問う。
「手裏房だろ」
「そんな、曖昧な」
「顔など知らん。号牌を出して寄って来たら、それが手裏房だ」

情報屋が顔を晒したりする訳もない。
第一数が多すぎて、何処に散っているかも判らん。
俺の答に渋々頷き、チュンソクは更に問う。
「ムソンとは」
「会えば判る」

その声に頷くと、チュンソクは今一度周囲を警戒しながら頷く。
考えても判らん処まで、本当に考え過ぎる男だ。
こいつがいるから好き勝手が出来るとはいえ、その考え過ぎに息を吐く。

目的の茶屋はその通りの先、すぐに見つかった。
相も変らぬ蓬けた総髪、季節に関わらぬ麻の衣。
雨の滴る茶屋の軒下に出された卓に、気分良さげに腰を掛けている男。

軒に滴る雫を追っていた目が、通りを近付く俺に気付く。
気付いた途端に満面の笑みを浮かべ、奴は通りへ飛び出した。
「大護軍様!!」

近付いてくる姿に小さく手を上げ、次にチュンソクの表情に笑う。
この几帳面な男からすると、あのムソンの出で立ちは理解できんか。
隠そうとしてもその眉間にくっきりと一本、深い縦皺が寄っている。

「お久し振りです!奥方様も」
雨中を駆けて来たムソンは小さく息を切らしながら俺に、そして続いて俺の横のこの方へ頭を下げる。
「御婚儀以来ですね。お元気ですか」
「おう、お前はどうだ」
「俺は相変わらずです。毎日毎日、作っちゃ」

其処まで言って声を切り、ムソンは拳を作ってからその五本指を弾いて開いて見せた。
「どかんです。その繰り返し」
その言葉に己で噴き出しながら、ムソンは言った。
「今日はどうしたんです。こっちの方は初めて・・・」

そう言って外套の影のチュンソクの顔を覗き込み、思い出したようにムソンの顔が明るく晴れる。
「いや、初めてじゃないな。大護軍様の御婚儀でお見かけしました。
鎧を着て、可愛らしい女人と連れ立っていらした。違いますか」

顎に手を遣り頷くムソンに、チュンソクの眉間の縦皺が尚深くなる。
「あれは妹さんですか。そうなら良ければ、是非一度」
「・・・一度、何ですか」
チュンソクの剣呑な声に気付かんか、ムソンは底抜けに朗らかな声で続ける。

「一度、良ければあの可愛い妹さんにご紹介頂ければと。いきなり図々しいですかね」
続けてはははと白々しい声で笑うムソンの目は、本気でチュンソクを真直ぐに捉えている。
その目を受けてチュンソクは、被った外套の頭巾を乱暴に剥ぎ下ろす。

・・・馬鹿が。

今から肝心の話をせねばならんこの時に、どいつもこいつも。

「ムソン」
「はい、大護軍様」
「チュンソク」
「は」
「ついて来い」

雨に髪を濡らし、馬上で受けた風で冷えたのだろう。
唇まで蒼いこの方をこのままにして置くわけにはいかん。
まして火薬の話を交わすのに、往来のど真中では落ち着かん。

外套の袖に隠して、この方の小さな手を探る。
其処にあったいつもより冷たい細い指に触れる。
それはまるで隠れ鬼のように、この指先からするりと抜けて逃げる。

勝手にしてくれ。

その場で踵を返すと、今来た往来を大股で戻る。

長雨に打たれて出来た足元の泥濘を、盛大に跳ね散らかしながら。

 

 

;

 

 

7 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    チュンソク~ 大変…
    キョンヒ様 狙われちゃってるわよ~
    かわいい人うふふ テジャンの許婚だって知ったら
    ( ´艸`)
    ウンス プンスカ! ヨンもプンスカ!
    ちょっとちょっと 
    ムソンとの話の前に
    2人の仲直りの方が 先かも~
    意地っ張りさんたち~ ( ̄Д ̄;;

  • SECRET: 0
    PASS:
    あ~!!
    やっぱりムソンやっちゃったよぉぉ~!!
    うんうん、やっぱり場の空気読めてなかったね。
    チュンソクまで機嫌悪くなったよ…
    でも憎めないキャラだから好きよ~♪笑
    ちょっとそこのお2人さん
    喧嘩した訳でもないのに空気が益々悪くなってますよー!!
    きっとその反面後で甘々が見れる…はず♡

  • SECRET: 0
    PASS:
    キョンヒ様を妹に間違われて、
    チュンソクも辛いですね。
    それでなくても、年が離れてることを気にしてるのにねぇ(^_^;)
    今から私、ムソンの事を
    ウンス二世と呼ばせて貰います(笑)
    さらんさん❤
    ヨンとウンスを、早く仲直りさせてあげてくださいませ~❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    ウンス、まだヨンに拗ねているの?
    ヨンも、怒ってしまったみたい・・。
    こじれないうちに、ヨンに思いを伝えられるといいですね。仲直り!
    このままでは、せっかく巴巽村に来たことが、無駄になってしまいそう。
    医療器具、武器、武具、そして火薬・・。
    肝心なことを、自分の感情が落ち着かないために逃したら、作れるものが作れず、確認するべきことが確認できず、試したいことが試せず、チュンソクに知っておいて欲しいことが完全には伝わらず・・に、なってしまいそう。
    皆の思いが、まとまりますように。

  • SECRET: 0
    PASS:
    コラッ!って怒りたくなりますよねぇ…(* ̄◇)=3
    最初に、ウンスに悋気とはいえ、説明も無しに怒ったのは一体…誰でしたっけ\(+_<)/
    『勝手にしてくれ』って誰のセリフですかねぇ(-_-;)
    うーん、ウンス頑張れー(>_<)

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、おはヨンございます❤️
    チュンソク、許嫁を妹と間違えられて不機嫌モードo(*´ヮ`*)o
    そりゃー自分の女人にそういう目を向けられたら面白くないですよね~
    ヨンも逆の立場になったらどうなるか見もの( ´艸`)
    あっら~ ウンスまだへそ曲げてる…. さり気無くて握ろうとしたのねぇ。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です