2016再開祭 | 気魂合競・拾陸

 

 

「お」
向かい合う二戦目の取組相手が、そう言って笑った。

「見た事があるな。チェ・ヨンの知人か」
「旦那を知ってるのか」

もう太陽は真上近くまで上がってる。
俺の影も相手の影も、乾いた地面にべったり張り付くように短く濃くなっていた。

こう暑くなると、早々に負けを決めたチホが羨ましいぜ。
夏みたいな光の中で相手の顔を見ようと、目を細めてみる。
知らない顔だ。少なくとも覚えてない。
でも俺が知ってる顔なんて、旦那の迂達赤のなかでも一握りしかいないしな。

相手は不思議そうな顔をした俺に頷くと
「鷹揚隊隊長、護軍アン・ジェだ。これでもチェ・ヨンとは若い頃からの付き合いだぞ」
そう言って何が嬉しいのか、にこにこ笑ったままでいる。
俺を馬鹿にしてるようにも、見下してるようにも見えない。
だけどまじめな取組前に親しく声をかけられるのも、妙な気分だ。

「そうか、奴の為に出て来ているのは迂達赤だけではないんだな」
「当たり前だ。みんな旦那と天女を心配してる」
このまま相手だけしゃべり続けたらその調子に巻き込まれそうで、こっちもわざわざ口にする。
もちろん本音だ。じゃなきゃ真っ昼間の夏の表にヒドヒョンが出て来る理由なんてひとつもない。

いきなり始まった立ち話に、取組の審判も始めの声がかけづらいらしい。
俺たちの顔を見比べて、話の途切れるのを待ってる。
「では、あっさり勝つのも申し訳ないな」

相手の物言いが癇に障って、俺はその男をにらみつける。
まるで取り組む前から勝負が決まってるような言い方しやがって。
「そろそろ良いかい、兄さんら。後が詰まってる」

俺がにらみつけたまま口を閉じるのを待ってたように、審判の男が割って入った。
お互い話すことなんてもうねぇよ。俺たちが同時に頷くと、男はひときわ大声を張った。

「始め!」

声と同時にアン・ジェって男の手が伸びて俺は素早く腰を落とす。
そのまま奴の足めがけて正面から組み付こうとするのを見越してたように、奴は左へ回り込む。

目の前にいた相手に回り込まれて、体の向きを変えるのに一拍の間が空いた。
そのまま左脇から吊り上げられるのを、腰を低く粘ってどうにかしのごうとする。

粘る俺に手を焼くように、左にいる男が唸り声をあげる。
だけど力は相手の方が上だった。そして俺は腰を低く構えすぎた。

粘ったまま体勢を立て直す前に左から出てきた蹴りで膝を崩され、地面にはたき込まれる。

「決まり!」

物人から聞こえて来る大声の中で
「嘘だろ」

地面に転がったまま、茫然とした思いで口に出す。
俺は旦那しか知らなかった。皇宮の兵はみんなこんなに強いのか。
その男は寝転がった俺に頷くと
「怪我はないか」
って聞いた。

「ねえよ」
ふてくされた俺が口を尖らせて言うと
「俺達は皆、奴の鍛錬を受けているからな。悪く思わんでくれ。誰が勝とうと、医仙は必ず取り返す」
男は最後にもう一回、地面の俺に笑いかけた。

「なかなか厄介な粘りだったぞ。危うく力負けするところだった」
そう言って人垣に紛れて消えてく奴を見ながら、俺は地面から飛び起きた。

 

*****

 

「そろそろです、大護軍」
チュンソクが言いながらトクマンと並び、敬姫様と侍女殿と連れ立って酒楼の門を入って来た。

「二戦目が全て終わりました」
「誰が残ってる」
「シウルが負けました」
「誰に」

報せを受けて庭の隅、木下にいた俺は腰を上げながら尋ねる。
横の石に腰かけていたあなたも同じように立ち上がり、俺達の話を無言のまま聞いている。
「アン・ジェ護軍です」
トクマンが悔しそうに言葉を切り、唇を噛む。

迂達赤であれば近しいのは寧ろ鷹揚隊だろうに、奴も槍の鍛錬のおかげで手裏房への思い入れが強いのか。
それとも同じ年頃のシウルやチホが俺達のような年長者に敗れるのが悔しいのか。
「順当だな」

この方を横に酒楼の門へと歩き出した俺の逆横に従き
「どうやら誰一人、手加減する気はないようです」
チュンソクは穏やかなものだ。トクマンのような悔しげな表情を浮かべるではなく、そう言って笑顔を覗かせる。

「あと何人残ってる」
「ざっと八十というところでしょうか」
「そうか」
「ただ・・・」

其処で初めてチュンソクの声に惑いが過る。何だと眸で尋ねると
「鷹揚隊が半分以上減っています。迂達赤も三割ほど」
「・・・たった二試合でか」
「ええ。互いに喰い合ったにしては、減りが早過ぎます」
「市井から強い奴が幾人か参戦してるようです。俺も全試合を見ていないので、誰かまで判りませんが。
ヒドさんやコムさんではないようです」
斜め半歩後のトクマンも言葉を添える。

市井から強い奴。
その声に小さく頷きながら、歩調は変えず門へと進む。
残る限りすぐに誰かは判るだろう。当たってみればそれで良い。
鍛え上げた迂達赤の三割を負かす程に強いなら逆に興味が湧く。

横のこの方は何も言わず、俺の口許に浮かべた笑みを見上げた。

 

 

 

 

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