2016再会祭 | 胸の蝶・拾

 

 

女三人集まれば姦しいとはよく言った。

女人の背を見送り諦めたように息を吐き、再び向かいの席に腰を落とす弟が、何かを心配しているのは判る。
それが何かが判らぬだけで。

尋ねるべきなのかもしれぬ。しかし俺が噛んだ以上、何かあれば何れ必ず話す筈だ。
話せぬのが奴の正直なところなのだろう。
話せぬ弟に話さぬのかと問い詰める、愚かな兄にはなりたくない。
そして隊長の言葉通り、戦場に共に立ち続けて来た俺達の間で声を交わす必要などない。
動きで読め、敵も味方もその肚裡を。

「ヒド」
ようやく静けさを取り戻した東屋で、ヨンの低い声がする。
「女は遍照を知らんのだな」
「ああ。あの古刹の住職の太鼓判だ。嘘はなかろう」
「ならば良い」
「女人は何故黙った」

先刻般若と聞いて、女人が突然黙ったのが気に掛かる。
ヨンも同じ事を考えていたのだろう、女三人が消えた離れの方へ眸を投げる。
「今は判らん」
「何か探りにでも行ったか」
「ならば一人では行かせん」
「・・・確かにな」

そうだ。こ奴が残り女人を一人で行かせる以上、焦眉の急という事態ではない。
それなら女人は何故黙った。何故あの女の後を追った。

勘だけだ。理由などない。ただこの勘が言う。
親を斬った罪の意識からではない。
あの女は近くに置くべきではない。
己ではなくヨンと、そしてヨンの護るあの女人の側に。
止まぬ雨。
それぞれ違う心で離れを眺める俺達は、同じ速さで握った盃を無言で干した。

 

*****

 

「パニャさんは、開京は初めて?」
「あ、はい、ウンス様」
全く天女の口はよく回るもんだね。呆れて吐いたあたしの溜息も聞こえないんだろうか。

案内した離れの中、パニャって子が荷を解こうとしてるのに、横からあれこれ口を出すからちっとも進みゃあしない。
パニャって子も確り躾けられてるんだろう。天女が声を掛けるたび几帳面に手を止めて、姿勢を正して聞くもんだから。

せっかちは人一倍、そりゃそうだ。呆けてたら目の前でおいしい情報をかっ攫われる。
そんなあたしから見たら、手際の悪いパニャも邪魔する天女も、どっちも苛々させられる。
手を動かしてても耳は動く。相手が手際が悪いと思えば話すのを後にすりゃあ良いじゃないか。
こっちはもう風呂も焚いてる。冷めたらあっため直すには、また薪を使う。そんなの時間も薪代も無駄じゃないかい。

腕組をして足を踏ん張り爪先で床まで叩いてみても、目の前の女二人の様子に変わりはない。
天女は相変わらず喋りっぱなし、パニャは相変わらず拝聴姿勢。
「雨じゃなかったら観光案内するのに。次に晴れたら一緒に出掛けましょ?」
「は、はい、ウンス様、是非」
「ちょいと、天女」

しばらく放って片づけさせてやんな、そう言う隙もありゃしない。
何だってこんなに焦ってるんだか。
あたしをまるきり見もせずに、天女はパニャに話し続ける。
「うちもこの近くなの。他に一緒に住んでくれてるご夫婦もいるけど、もしパニャさんがよかったらそっちに越して来ても」
「・・・いえ、ウンス様」

おやおや。そうやって話せるんじゃないか。
今まであの、だの、いえ、だの口籠って遠慮がちだったパニャが急に真直ぐな目で、あたし達を見て首を振った。
「もしお許しいただけるなら、私ここにいたいです。ヒド様の側に・・・い、たい、んです」

結局言葉尻はまた遠慮がちになったもんの、今までとは違う。
パニャの横で喋り通しだった天女の口がぽかんと開く。
床を叩いてたあたしの爪先も、思わず止まっちまった。

耳には自信があるんだ。金になる情報は全部、この耳から入って来る。金を生む耳だ。聞き間違いは信用に関わる。
だから絶対に間違いじゃないよ。
パニャは言った。ヒドの側に居たい、確かにそう聞こえた。

「ヒド様って・・・あの、あの」
今度口籠るのは天女の方だ。大きな目をもっと丸くして、その指が離れの扉を指で差した。
「あのヒドさん?今日パニャさんをここに連れて来た、ヒドさん?」
「はい」

パニャは耳まで赤くして、素直にこくりと頷いた。
声を失くした天女に代わって思わず口を挟んじまう。
「一体また、何だって。あんたら長い事知り合いなのかい」
「私は知っていました。ヒド様は覚えておられなかったですが」
「そうだったのかい。でもあんた開京が初めてなら、一体何処で」
「水州で、父の亡くなった折に助けて頂きました」
「水州かい」

兄者がヒドを見つける前、ひと頃逗留してたと聞いた事がある。
その頃のあの男は、面白いように人を斬りまくってたはずだ。殺す事はあっても助けたなんて
「何かの間違いじゃないのかね。本当にあのヒドかい」
「間違えるわけがありません。ヒド様も、助けた訳ではないとはおっしゃっていて・・・」
「パニャさん!!」

悲鳴みたいな声に仰天して振り向くと、天女がほっぺたに両手を当てて、あたし達をじっと見ている。
「ヒドさんと一緒にいたいんですね?」
「え、はい、あの・・・ええ」
「もしかして、ヒドさんの事好きですか?!」

パニャはその突拍子もない声に、無言で天女を見つめ返した。

 

 

 

 

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