「ヨンア」
寝屋に揺れる蝋燭の芯も短くなった夜更け。
いつもならすっかり寝入る刻。
腕の中のこの方から小さく呼ばれ、薄闇の中に眸を開く。
「はい」
「ごめんね、起こしちゃった?」
「・・・いえ」
余りに静かに起きているから、気が気でなくて眠る事も出来ん。
話す気配も声もないから、此方から声を掛けるわけにもいかん。
寝台の上で息を整え、読める筈も無いこの方の肚を探っていた。
怒りの気配は無い。体を固くしても、息を荒げてもいない。
小さな温かい息を繰り返し、いつものように腕の中にいる。
ならば眠りに誘い込む静かな雨夜、この方が宵張りな理由は何だ。
「ねえ、ヨンア」
息をひそめた囁き声で、この方が俺に一層深く細い腕を回す。
「今、何時?」
その声に寝屋の障子越し、透ける庭の空の色を見る。
雨夜のせいではっきりとは判らない。それでもその色、風と匂い。
「日を跨いだ頃です。眠って下さい」
どれ程明日の生誕日の祝いが楽しみであろうと、眠らねば体を壊す。
小さな頭に手を遣てこの首元へ収めようとした俺に首を振り、声が耳に届いた。
「じゃあ、もう今日は22日?」
「丁度子の刻を超えた頃でしょう」
「ヨンア」
柔らかな腕と優しい声で、俺をしっかり抱きしめて
「お誕生日、おめでとう」
あなたはこの頬に小さな手を添え、唇に温かい唇を重ねる。
「一番最初に言いたかったの」
塞いでいた唇の先が名残惜し気に微かに触れ合う、細い隙間で声がする。
「もっと年を取っておじいさんとおばあさんになっても、キスしていい?」
「・・・はい」
「ずっと一緒に長生きしてね。誕生日なんて飽き飽きって思うくらい、ずーっと一緒にいてね」
「はい」
「約束してくれる?」
「はい」
「よかった。あなたの約束なら安心」
嬉し気に微笑んで、あなたはもう一度俺を強く抱き締める。
「少し寝ないとね。明日は多分、たくさんお客さまが来そうな気がする。
念のためにタウンさんたちにはお願いしておいたんだけど・・・」
やけに可愛らしい声での、土壇場の白状に眸を剥く。
どれだけ周囲に吹聴して廻ったのだ、俺のこの方は。
困ったように眉を顰めた俺を薄闇の寝台に見て、あなたは慌てたように言い訳を捻り出す。
「だって、あなたが生まれてくれた日だもの。お祝いしたい人がたくさんいるのは仕方ないじゃない?
でも皇宮では騒がないようにお願いしておいたわよ。変な上げ足取られたら困るでしょ?大逆罪とかなんとか」
「・・・はい」
己が罪に問われるのは構わん。探られて何が出て来るでも無い。
私利私欲の一片でも有れば別だが、出て来ると言えば昼の書雲観の庭の花泥棒の件くらいのもの。
いや、それこそが正に私欲の塊か。
捧げる花を内密に手に入れる為、己の立場まで利用して国の空を観る書雲観の庭に立ち入った。
誰より愛おしいこの方と、花盗人が理由で引き裂かれては困る。
「イムジャ」
寝台に共に横たわって呼べば、瞳が問い掛ける。
俺がこの世に生を享けた日。
この命は父上と母上が下さった。それを賭して。
「・・・イムジャ」
生きる理由。
この命は、眸の前に居るあなたの為だけに在る。
あなたの御義父上に、御義母上に詫びながら、許しを請いながら。
俺達は共に居る。今重ね合うこの暖かさの最後の一息を終えるまで。
どれ程に日が過ぎようと、年月を経ようと。
あの男が読んだ事も無い空模様が訪れようと、一寸先すら判らなかろうと。
こうして腕の中にあなたさえ居てくれれば、怖いものなど何も無い。
「出逢えて良かった」
俺を強くする理由。どれ程に血に濡れた掌も全てを受け入れ赦す方。
「共にいられて良かった」
その魂の真横に寄り添い、今日よりも明日、尚一層近くで護りたい。
雨音で誤魔化した呟きに、あなたの瞳が驚いたように開く。
「ヨンア」
生まれて下さった事。出逢って下さった事。今俺を抱いて下さる事。
あなたは生きているだけで、誰より輝いている。
その光はこの眸に何より貴くそして明るく映る。
いつでも教え、そして導いてくれる。此方へ来いと、正しい道を。
きっとあなたも同じ事をおっしゃりかったのだろう。
何故だろう。
その肚裡など読めぬのに、この口を突く言葉があなたの声のような気がする。
それこそが魂の片割れということなのだろうか。
いつか何処かで二つに分かれた魂が、互いを恋うて呼んでいる。
だからこそ大切な処で互いの気持ちが通じ合う。
あなたに恥じぬ男になりたい。あなたを護れる力が欲しい。
誰より正しく真直ぐに、あなたに向き合える男でありたい。
俺がそう願うよう、あなたもそう願って下さっている筈だ。
だからこそ俺の為に泣き、俺の為に笑って下さるのだろう。
素直にそう出来ぬ、この不愛想な朴念仁の分まで。
「イムジャ」
「ずるい」
膨れ面でこの胸を、小さな拳が軽く叩く。
寝屋の中胸に当たる拳の小さな音が響く。
「言いたかったのに、全部先に言われた」
「いつでも」
いつでも共に。永遠に此処に。あなた以外他に欲しい物は何一つ無い。
きっとあなたもそう思っている。
俺の生まれた日に、伝えようとして下さっていた筈だ。
細い両の腕が俺を抱き締め直し、口づけの雨をこの顔に降らせる。
額に、瞼に、頬に、髪に。指先に、手の甲に、そして最後に唇に。
外に降る雨よりも控えめな音を立てて、柔らかな唇が降る。
生きている限り受け止める、止む事ないその口づけの慈雨。
どれ程に降らせてくれても受け止める俺はいつでも乾いているから、もっともっとと追い駆ける。
いつになれば満ち足りて、細い川でも流れるくらいは潤うのだろう。
いつの間にか重ね合う唇に、寝屋の中の雨は降り続く。
その雨音が止む事が無ければ良い。朝など来ねば良い。
年の一番昼の長い日、明日だけは陽が昇らねば良い。

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(〃∇〃) ふふふ 可愛いわね
ウンス~ 大事な人の産まれた日
一番最初に『おめでとう』って 言いたくって
起きてたのね~
大事な人に こんなふうに
『おめでとう』って言われたら
しあわせよね~ そりゃ うれしいわ~
ず~っと このまま
このまま 二人であまあましてたい
誰も邪魔しないでね~ (/ω\)
うらやましい♥
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ヨンにとっても、ウンスにとっても、最高に幸せな誕生日になりましたね。まだまだ夜中だけれど、間違いなく日を跨いだので、例え真夜中でもヨンの生まれた日になりました。11日前に過ぎてしまったウンスの誕生日も、ヨンから、「一緒に祝いましょう。」と言われた夏至の次の日…。
二人で迎えた「二人の誕生日」。
幸せの雨…で、包まれ、これ以上のプレゼントはないですね。ヨンもウンスも、それぞれ何か…用意し合っているみたいだけれど…。
おじいちゃんになっても、おばあちゃんになっても、幸せな誕生日のkissは、ずっと続きそうです。ゴチソウサマ♪♪♪
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ウンスの一番の好みの場所は
ヨンの首元だったんですね~❤
さらんさん❤
今夜のお話も素敵過ぎて
興奮しております(*^^*)
さらんさんの描かれるlove表現が
美しくて本当に素晴らしいです❤