2016 再開祭 | 気魂合競・卌壱

 

 

「続けて二人とやるなど」
向かい合うトクマンを呆れ顔で眺めると、奴は頭を下げた。
「すみません。でも」
奴の視線が上がり、今にも降り出しそうな空を見る。

天候を読むのは戦の定石。
しかし侍女殿の前で連敗を喫せば、負けの印象が強くなる。
男なら不名誉な烙印は押されたくなかろう。
しかし俺もそんな事情を慮って勝ちを譲ってやる気はない。
「俺が勝っても恨みっこなしですよ、大護軍」

俺の心を読んだのか、トクマンは道化て見せた。
王様の仰った思わぬ拾い物には、この成長も含まれているのか。
互いに小さな頷きを交わすと、俺達は審判の前で左右に分かれた。

 

「どうして、トクマン君?!」
順当にいけば次にヒドさんとあの人が取組をして、3人が1勝ずつで優勝決定戦だと思ったのに。
どう考えたって、どれだけ早く勝敗がついたからって、前の取組が不戦勝だったからって、勝負のセオリーから逸脱してる。
トクマン君が1人だけ2回続けて戦うなんて。
小さく呟くと、
「勝負を捨てました」

チュンソク隊長が同じように小さく言って、その声にタウンさんとコムさんが頷いた。
「捨てたって、でも」
「大護軍とヒド殿とが二戦当たれば、どちらも長丁場になります。その二戦分、天気がもたぬと踏んだのでしょう」
「そんな、でも」

ハナさんの前で、そんなことで2回続けて負けてもいいの?
せっかくハナさんがトクマンくんを守ってくれたのに。
それならいっそ、呼ばない方がよかった。いっそ見せない方が。
そうすればトクマン君も大会銅メダルって、かっこいいタイトルだけ残せたのに。

今になってハナさんを招待したことを後悔しながら、私は広場の真ん中で向かい合う2人を見つめる。
あなたに負けは似合わない。それは私だって絶対にイヤよ。
あなたがどんな小さな勝負にも手を抜かない事は知ってる。でも。

どっちにも応援の声はかけられないまま、両手の指を組み合わせて思わずお祈りみたいなポーズを取ってしまう。
そんな私たちの目の前で、2人から一歩引いた場所に立った審判が

「始め!」

って大きく叫んだ。

 

手縛も弓も剣も槍も、どれも器用にこなすが故に、どれにも確固たる自信の持てなかった男。
チュンソク、チンドン、チュソクとトルベの背を追って、ようやく槍に己の道を見出した男。

共に過ごした鍛錬の刻は長かった。その道を見出すまでにあらゆる武技を一通り習得している。
死なぬ程度の鍛錬を付けてきたのは俺だ。その力量は知っている。

そんな男が本気で来る。此方も本気で相対するのが礼儀だろう。
その時掛かった
「始め!」
の声と共に、奴は俺の襟元を見ると腕を伸ばした。

迂達赤の鍛錬場でも、纏めた麻袋を担いでは投げる鍛錬を繰り返し行っていた。
そんな風に目で追えば相手に攻めの手を読まれると、幾度も教えているというのに。

伸びて来た右腕を払い除け、その勢いで隙が生じた奴の右袷に眸を当てる。
俺の視線に気付いたトクマンは態勢を整え、もう一度正身で向かい合う。
そうだ、今お前はこれと同じ事をした。
先に視線で教えたのだ、今から襟を掴みに行くと。
あれほど止めろと鍛錬のたび、再三再四教えているというのに。
実戦でその癖が出れば大きな不利になる。

正攻法と決めたのか、腰を落とすと突込んで来た奴をの勢いを胸を開いて受け止め、再び伸びて来た手を掴んで正面から四つに組む。

力で押し負ける事はない。
トクマンの初手の進撃が止まり、逆に組んだ手は此方の力でじりじりと肘が曲がり下がっていく。
勝つにしろ負けるにしろ潔く。せめてそれが慕う相手の心の中に、潔い姿として残るように。

トクマン、これ以上の刻は費やせん。

四つに組む奴の両掌から己の掌を抜き、その両手首を一つに掴む。
全力で組んでいた腕を不意に払われ、力の行き処を失った奴の体が均衡を失った、その足許を大きく払う。

腕は俺に捕まれたまま、防御が出来ない。
がら空きの上半身の襟をもう片掌で掴み、そのまま腰を低くし地に片膝をつく態勢で奴を引き倒す。
勝つにせよ負けるにせよ、初手で組み合っている分、観衆の目には然程無様な負けとは映るまい。

「決まり!」
「大護軍様!」
「さすが大護軍様だ!」
審判の大声の中、その証拠に観衆から俺を呼ぶ声と同じほど大声で
「良いぞ兄さん!」
「頑張った頑張った!!」
トクマンへ向けたと思われる、そんな歓声が其処此処から飛ぶ。

奴の束ねた両手首を掴んだ掌を解き、地に着く寸前だった片膝を伸ばして立ち上がる。
横たわっていたトクマンもその場から跳ね起きると、まず俺に向けヒドに向け、次に審判に小さく頭を下げる。

そして観衆へと振り向いて、最後に大きく頭を下げると、歓声が一際大きくなった。
他の誰も知らなくて良い。こいつは今、その中のたった一人に頭を下げた。
見届けてくれた事、そして言葉で伝えられぬだろう胸の裡。

その肩を一度だけ叩き最終戦に向かおうと踵を返す俺の背に
「大護軍」
止まぬ拍手と歓声の中、トクマンが呼んだ。
「ありがとうございました」
「おう」
「最後まで見たいですが、俺・・・ハナ殿と姫様をお送りして来ても良いですか」

奴は心配げに呟くと、雨模様の空をもう一度見上げた。
「隊長は役目でいらしたと思うので、離れられないでしょうし」
判りやすい奴だ。勝負を捨てても、惚れた女人が雨に打たれる方が我慢出来んという訳か。
何れにしろチュンソクもトクマンも出ぬ決戦に、敬姫様や侍女殿がご興味を持たれるとも思えん。
「好きにしろ」

それだけを返した俺の背後、今日聞いた中で一番嬉し気な奴の
「ありがとうございます!」
の大声が聞こえた。

 

 


 

 

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6 件のコメント

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    トクマン すごく成長しましたね
    まだまだ 大護軍にはかなわないけど
    迂達赤には頼もしい存在です。
    空気よめない… よんだのか?
    それとも ハナさんを送りたかったのか?
    ヨンの 「好きにしろ」は たまらん(笑)
    (。-∀-)ニヒ♪

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    トクマンくん、とってもカッコいい負け方でしたよ。相手はヨン、勝つのは無理なりにも、男の力を見せたものね。
    と、言うことは、最後はヨンとヒド…ですかぁ。
    待ってましたー! の試合になるけれど、
    正直なところ、ドキドキです。
    この後は、空模様も影響するのかなぁ。

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    トクマンくんなりの勝負を着けたんだね(^_^;)想い人はまず置いといて目の前のことに集中して気持ちよく真剣勝負に負けて改めて想い人にまっしぐら(^_^;)違う意味で分かりやすいわね(///∇///)ついにヒドさんとヨンア?やるのついに(((((((・・;)

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    だめだ~!涙が、涙が出る~~
    カッコ良すぎます~
    トクマンくんも、ヨンもカッコ良すぎぃ~!!
    さて、次はお待ちかねのヨンvsヒドヒョンですね~
    もう、どうなるか想像もつかないです!

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