2016再開祭 | 黄楊・捌

 

 

「・・・どういうことだ」
まさかの宣言に唖然とする俺を尻目に、叔母上は淡々と声を続ける。

「お前と同じだ。志半ばで断腸の思いだが、これ以上御傍に居ては王妃媽媽の足手纏いになる」
「待て、叔母上」

考えもしなかった。
叔母上は盤石の礎として皇宮に残り、あの方を守って下さるとばかり思い込んでいた。俺の分まで。
それでこそ安心して出て行ける。
野に在って国を思い一介の民として、王様の御力となれるように自由に動ける。

「何があった」
「私を心配している場合ではなかろう、己が辞するという時に」
「叔母上!」

そんな事が聞きたいのではない。
何故俺に続いて叔母上までも辞すような騒ぎになったかが知りたい。
苛立ちに張り上げた声に叔母上は首を振った。

「王妃媽媽のお望みと私の考えが違った。それだけだ」
「何事だ」
「王様と王妃媽媽の御体の事、今後の事。
お前が辞すと聞いてからウンスも交えお話したが、どうにも王妃媽媽の御心が呑み込めずな」
「辞する程の事か」
「御口にされる御言葉なら阿呆でも判る。秘めた御心を汲めぬでは、王妃媽媽の筆頭尚宮や武閣氏隊長など務まらぬ」

話はこれで終いとばかり、叔母上はすぱりと声の刃を落とす。
「もう決めた。これ以上口出しをするな」
「武閣氏はどうする」
「副隊長がいる。いざとなれば剣戟隊長としてタウンを呼び戻す。
お前も邸を引き払う以上、あの二人の身の振り方が心配だったろう」
「それは」
「私が辞すればそれも片付く。タウンも私の願いでは聞き入れざるを得まい。
武閣氏に戻れば碌も出る。奴らも安泰だ。心配するな」
「コムが許すか」
「許す許さぬではなく説得させる。夫婦であれば時に相手の為、己は一歩退いても相手の事を考えねばな」
「王妃媽媽はお怒りだろう」

先刻の厳しい御声を思い出して尋ねると、叔母上は顔を顰めた。
「ヨンア、しつこいぞ。特に何もおっしゃらなかった。私が承れぬとお伝えしたら、そうかとだけだ。そして出て行くが良い、とな」
そして困ったように俺から視線を外し、回廊外の雨を眺める。

「それでも御心は判る。畏れ多くも信頼して下さっていたからこそ、御考えを汲めぬ私をもどかしく思われたのだろう」
「あの方はどうなる」
「さあな。身の振り方は自分で考えよう。お前も私もこうなった以上王妃媽媽と王様に対し肩身は狭かろうが仕方あるまい。
迂達赤が相談相手になるだろうしな。先刻も隊長と何やら話し込んでおった」
「・・・チュンソクが」
「ああ。王様のお側を副隊長に任せ、坤成殿に飛んで来たぞ。お前が辞した後のウンスの事がさぞや心配なのだろう。責任もあろうしな」

迂達赤の隊長もいらっしゃっていました。
坤成殿の扉前で聞いた武閣氏の言葉を思い出す。
・・・それで良い。己の道を決めた以上今更気を揉んでも仕方ない。
ただ俺はまだこの口で伝えておらん。俺は辞するがあなたは残れと伝えておらん。
叔母上に頼もうとばかり思っていた。
チュンソクにあの方の面倒まで見ろと命じた憶えは断じて無い。

逢いに伺い、伝えようと思っていた。
まさか状況がこんなに早く、これ程大きく変わると思いもせずに。
俺だけでなく叔母上まで役目を辞すと言い出すなど青天の霹靂だ。

全ての計が狂う。
俺が去り、そして叔母上も去るとすれば、皇宮に残したいあの方は。
最善の策は叔母上に任せる事だが、叔母上と王妃媽媽に悶着が起きた今、次善の策はチュンソクだろう。
敬姫様との御婚礼を控える身だ。トクマンらより余程安心して任せる事が出来る。
心から信頼している。奴の気質も武技の腕もよく知っている。

それでも俺が、誰より近くあの方を護って来た処に他の男が立つ。

深く深く息を整え、悋気の吹き荒れる胸裡で幾度となく繰り返す。

相手はチュンソクだ。あの方の側に居て、最も害を及ぼさぬ男。
皇宮の中でだけの事だ。あの方に万一何かの助けが必要な時に。

言い聞かせても煙雨の中、霞む筈の朱柱は鮮紅に染まる。

ふざけるな。此処まで来て今更馬鹿を考えるな。己が選んだのだ。
叔母上の一件が予想の外だったとしても、常に己の望む通りに事が運ぶとは限らん。
寧ろその方が稀なのだ。

常に次善の策を。最悪の状況の中で最良の道を。
今まで数え切れぬ程、そうして切り抜けて来ただろう。
王様、王妃媽媽、チュンソク。 誰一人あの方を傷つける訳が無い。
心底信頼し、あの方を任せられる。
典医寺にはキム侍医も、トギも医官らもいる。

それでも俺の所為で、あの方の肩身が狭くなる。
決めた筈でも天界から攫い皇宮へ無理に連れて来た頃の、独りきり迷子のような心細げな顔が浮かぶ。

そんな事など起きる訳が無いと思っていても。
誰もあの方を脅かしたりせんと信じていても。
それでも何処に敵が潜むか判らぬのが皇宮。昨日までの敵が味方になる事が有るよう、逆も有り得る。
だからこそ叔母上には、何があっても残ってもらわねば困る。
俺が皇宮で護れなくなる分、あの方を支えてもらわねば困る。

「あの方は」
「さて。まだ坤成殿に居るか、典医寺へ戻ったか」
「王妃媽媽との一件、王様には」
「王妃媽媽の御心ひとつだ。もう御耳に入っているかもな」
「一先ず叔母上だけで納めてくれ」
「何をするつもりなのだ」
「まずあの方に逢う」
「そうか」
「その後、王様に拝謁に伺う」

それ以上の声もなく、踵を返して朱柱の囲む回廊から駆け出す背後。
叔母上の拵えた渋面に隠し切れず浮かんだ意味あり気な含み笑いに、俺は全く気付かなかった。

 

 

 

 

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