「もしかしたら高麗時代にハングルが見つかったってニュースになるかも。そうすればオンマかアッパが気付いてくれるかもしれない。
私だって、あのサインで。そこにあなたの名前があれば。だからイ・ソンゲに書かせた。
すべて可能性の問題よ。それでも何もしないよりましだわ。
イ・ソンゲが天界の文字を手に入れれば、粗末に扱うとは思えないから。
モンゴルで書いた私のノートを、キチョルが後生大事に持ってたみたいに」
今日あの若い男に渡った文が、先の世のいつ見つかるのか。
そして本当にこの方の御両親の目に留まるのか。それに何より
「イムジャ」
「なに」
「・・・俺があなたを攫う前に、あの文が見つかる事は・・・」
「少なくとも知る限り、そんなニュースはなかったわ。知ってれば絶対覚えてる。
どんなに社会情勢やニュースに疎くても、自分の字がニュースになれば。
だから可能性に賭けたの。種を蒔いたわ」
「種を、蒔いた」
「そうよ、李氏朝鮮は韓国最後の王朝。統治期間も長いし、歴史的な資料も一番現存する物が多いから」
全ては賭けだ。本当にこの方の言う通りの事が起きるのか。
おっしゃる通り、あの男がもし次に天によって選ばれるならば。
そして言葉の通りあの書を子々孫々、家宝として受け継ぐならば。
俺がこの方を連れ去った後に天界の何処かであの書が見つかり、それが御両親の目に留まるのか。
そしてこの方は俺にも言えず、あとどれ程の天の預言をお持ちなのか。
護りたいと願った。護れると思った。そして護る自信もあった。
しかしこの方が心に秘め、俺の為に隠し通そうとする天の預言の数々。
その端々を耳にするだけでも、余りの大きさに眩暈がする。
王妃媽媽の傷を治療した時より、俺の命と心を救った時より。
奇轍や徳興君を敵にしていた時より、幾度も天門をくぐり俺の元へと戻って来て下さった時よりも。
長く垂らした揺れる亜麻色の髪。その髪が縁取った白い頬の輪郭。
そこに落ちていく透明な涙の滴。透き通るような薄い鳶色の双眸。
儚い薄色の中に色を挿す紅い唇。
こうして酒楼で向かい合い涙を零すこの方は、これまでのいつよりも本物の天人に見えた。
人の手が触れる事を赦されぬ、この地に引きずり降ろされた、先の全てを知る神々しい天人に。
*****
大護軍と医仙様のお帰りになった伽藍の居間で、再び父上と二人向かい合う。
最後に宅の前を御二人並んで歩いて行かれるまで、医仙様はご気分の優れぬご様子だったのが気に掛かる。
大護軍がついていらっしゃる。私のような者が気を揉んでも、お助けする力もないのに。
「いや、医仙という方は」
父上はおっしゃいながら頂いた文を改めて卓へと広げ、笑うような息を吐いた。
「本当に天人なのかもしれぬ。このような文字は未だかつて目にしたことがない」
「はい」
天人に決まっていらっしゃると、私は素直に頷いた。
初めてお会いして以来、あの方は何一つ変わらない。
輝くような御美しさも若々しさも、そして驚くような天の知識も。
私はこれ程変わったのに。この世に変わらぬものなど何一つないのに。
それでも医仙様にしてみれば、私は今も腸癰を患った頃の小僧のままなのだろうか。
そんな事に気を取られる私の前。
満足そうに文をじっくりと眺め頷かれると、次に父上は卓に備えた小抽斗を引き、仕舞いこんだ小刀を取り出した。
「父上」
何をされるのかと呼び掛ける私に無言で微笑み、父上は先刻私が医仙様の御言葉通り、文の横に書き添えた文字の部分の紙だけを丁寧に切り取って行く。
文は頂いた時と同じく、医仙様の天の文字だけになった。
但しその余白を切り取られ、まるで短冊のように幅薄に。
奉到 大護軍崔瑩贵夫人 医仙女士
その薄墨の私の漢語の手蹟を、父上は卓の蝋燭の上へ翳す。
焔はすぐに紙の端を舐め、父上の落とした蝋受けの皿中であっという間に燃え上がり、白い灰と煙を残して尽きた。
「大護軍と天人が繋がっている証など、世に残す必要はない」
父上は居間の窓を細く開け、そこから秋の庭へ白い灰を撒く。
白い灰は風に吹き飛ばされて、すぐに跡形もなく消えていく。
「肝要なのは我が李家が天人とご縁がある事だ。その証だけがあれば良い」
父上は最後におっしゃると医仙様の文を丁寧に畳み、卓上の螺鈿の文入れに丁寧に収める。
居間の格子の窓の外、四十雀の甲高い声がした。

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やはり、李子春は、こんな男…だったのね。
ヨンとウンスの関係を、子子孫孫に知らせたくないって。
天人と結ばれていたのは、李家だって、知らしめたかった男。
裏の心を持っている男。
ヨンとウンスの関係は、今、ソウルで、ハングルの「ユ・ウンス」をわが娘の書いた字と確認したウンスの両親のお陰で、分かりますよ。
だって、「崔瑩」の祠堂には、「柳氏」は崔瑩の夫人と記してあるから。
高麗の時代からの物…として、李家から発見された訳だから、高麗…柳氏…ユ・ウンス…残されている映像…トラジとカムジャ…から、必ず、ウンスがヨンの妻になったと、両親には分かるはず。
分かって欲しい…
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あ、あの部分切り取ってしまったんですね、そして跡形もなく燃やす…、あの時手帳を燃やしたトックンみたいに!
ウンスが知ったら大変だろうけど知らずにですよね、でも、これで良かったのか、ウンスがヨンの妻って記録が残ってしまったら歴史があれですし
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あーん
ウンスの名案 上手く行きそうだったのに
さすが 相手も上手ね
( ˘・з・) ちぇっ
まぁ、
両親へのメッセージの役は果たせたかな。