「隊長」
兵舎の中へ踏み込むと、トクマンが呼びながら駆けてくる。
康安殿からの道程の間に振られた雨で、鎧の下まで濡れた。
髷の先から濡れている俺を確かめ、奴が案じるように言った。
「濡れましたね。手拭を持って来ます」
「いや、良い」
まずは此度の遠出に備え、鎧を変えねばならん。
王様の守りにつく時の正装の麒麟鎧のままで外出は出来んだろう。
平服が良いのか。三人で目立たぬように動くなら。
いや、それとも医仙がいらっしゃるなら万一の襲撃に備えて、やはり鎧は着ておくべきなのか。
悩む胸裡など知らんトクマンは兵舎を歩く俺に並び、暢気な声で明るく尋ねる。
「王様のお話は」
「済んだ。今から大護軍と医仙と御一緒して、巴巽村に行く。俺の戻りまで交代で歩哨を埋めろ」
「巴巽村ですか」
並んだこいつは意外と言わんばかりに、目を剥いて俺を見る。
「王命だ。新しい武器防具を確かめて来る」
「新調するんですか」
心無しか弾んだ声に苦い視線で応えると、奴は急いで口を引き結ぶ。
「喜ぶ場合か。これからの戦が烈しくなるかも知れんと言う事だ」
「はい」
神妙に頷くと、トクマンは頭を下げる。
大護軍のこうした勘が、今まで外れた事など無い。
ご自身の婚儀、あの金の指の輪を作った時点で武器防具の新調を巴巽村に頼んでいるなら。
その時点で何らかのお考えがある。
はっきりせんから俺達に伝えるには未だ早いと思っている。
今は考えても仕方ない。それは判っている。それでも考える。
備わった性分はどうしようもない。そしてそれだけではない。
今、俺には守って差し上げたい方が居る。
「トクマナ」
「はい隊長」
「すまんが、ハナ殿に」
そこまで声を掛けると、トクマンの顔が嬉しそうに上がる。
「はい!」
・・・何と判り易い男だ。
大護軍であれば今頃、飛んだ速手の一発でその頭が張られる。
しかし今日の俺は、こいつに遣いを頼む弱みがある。
蹴り飛ばしたい気持ちを抑え、根気強くこいつへ諭すように告げる。
「王命で急な外出だから、暫く御邸には伺えんと」
「判りました!」
慌てて駆け出て行きそうなトクマンの丈高い背に
「馬鹿もん!今行く奴があるか!!」
そう叫ぶと、奴の足が止まる。そこから無念気に振り返り
「お伝えするなら、早い方が・・・」
恨みがましく此方を見詰めるトクマンの視線を避けて首を振る。
どうせお伝えするなら、俺達が開京を発ってからが良い。
もう戻れん、暫くは顔も見られんと諦めがついてからが良い。
明日も参ります。
昨夜雨の中をお暇する前に、あの方にそうお伝えした。
だからあの方は、きっと待っている。
ハナ殿に叱られるだろうからまさか雨の中、庭先で立っている事は無いだろうが、それでもご自身の殿のお部屋の中で。
昨日俺の為に開いて覗いた丸い胡窓の脇で、きっと待っている。
澄んだあの瞳で、俺の影が庭を横切るのを見つけるまで。
そしてトクマンの言伝を聞き、さぞがっかりするだろう。
拗ねて臍を曲げられるならまだ良い。もし泣いてしまわれれば。
案じながら数段の階を上がり、吹抜けへと出た俺に
「隊長」
横のトクマンが、心配そうに声を掛ける。
「・・・何だ」
「大丈夫ですか。息が乱れてませんか」
泣いてしまわれれば。そう考えただけで自分の息が苦しくなる。
駆けては行けない。
お知りになったその頃、俺は大護軍と医仙と共に、一路巴巽村に向かっているだろう。
何も答えられず、息を整え吹抜けに立ち尽くしたまま今朝の大護軍のように天窓を仰ぐ。
そうでもしないと雨の中、言伝を頼んだ奴でなく俺が飛び出て行きそうだ。
発つ前に一目で良いからあの方の顔が見たくて。
せめて顔を見せ、行って参りますと面と向かって言いたくて。
そんな軽挙は俺らしくない。
正面突破で突走る大護軍の脇、不在の時は留守を守り、その肚を読んだ。
戻って来たあの人を落胆させぬようにと、気を張って来た俺らしくない。
大護軍が医仙と共に、何時兵舎に戻って来ても不思議ではない。
雨中に飛び出し大監の御邸まで駆けて話して戻って来ればすれ違うかもしれん。
無駄にしている刻など無い。
今から衣を変え、鎧を着替え、王様の歩哨の穴を埋め、副隊長と各組頭に留守を頼み。
考えて考えて、それでも考えるのが俺の役目だ。
脇目も振らず突っ走るのは大護軍一人で十分だ。

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トクマンは 喜んで
ハナさんとこに 飛んでくでしょう。
でもさ~ ぽっぽ~
キョンヒ様 自分を待ってるって、
泣いちゃうって、わかってるのに…
行ってあげて 正直に自分の口から
伝えた方が いいのに~
やせ我慢してるでしょ
ほんとは 自分だって会いたいくせに~
ヨンは好きにしろって 言ってたわよ~
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さらんさま
どうせどうせ。
ウンスにお邪魔にされるなら・・・
いっそのこと、『後から追いかけます❗』って
チュンソク隊長に言わせてあげてくださ~い❗
そしてそして。
強がるキョンヒ様から『早くお発ちください』なんて言われて。
悶々としちゃったりするチュンソク隊長を
見てみたかったりするようなしないような・・・
ヨンもチュンソクも、すっごく強くて格好いいのに。
好きな女人の前(と言うか、脳内と言った方が適切でしょうか・・・⁉)
での、女々しさ、ヘタレさが、堪らなくツボです❤
そして男2人。
互いを見て、己の振る舞いを知る、みたいな感じが面白いです。
特にヨンですが。
仲直りして巴巽村に行けるのでしょうか?
続きも楽しみに待ってます❤
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あら…トクマンに伝言を頼んでキョンヒ様に逢いに行かないのねー
生真面目なチュンソクだからお役目全うだよね!!
流石髭女房♪
トクマンったらハナに逢えると思って浮かれちゃって♡
ヨンがその場に居たら…!!
速手で頭シバかれなくて良かったね~
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大護軍の女房役 チュンソク
真面目で律儀 慎重に慎重を重ね
常に大護軍の肚を読む
此度の同行で 大切な人に告げる間もなく
出立なのね…
また大粒の涙が溢れそう
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すぐに走ってキョンヒさまに「行って参ります」って言ってこられるよね…でも、お会いしたらすぐには帰って来られる自信がないのね…大人になってからだからキュンキュンの度合いが増しますね!ウンスと侍医にやきもちヨン。こちらはちゃんと話そうね~
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さらんさん、おはヨンございます❤️
熱い男チュンソク(*’ヮ’*)
キョンヒさまに出逢い、チュンソクに新たな一面が見られて嬉しいです( ´艸`)
ヨンとは違い、突っ走れない損な性分ですけどね。泣き顔を思っただけで胸が苦しくなって呼吸が乱れちゃう。
大の大人だけどそこまで恋心を抱いたのは初めてだったのかもね。
帰ったら真っ先にキョンヒ様の元へ駆けて行くことでしょう。
その時はヨンばりにねw