2016再開祭 | 黄楊・柒

 

 

「チェ尚宮は」
白い霧雨の中、坤成殿の朱柱と壁の胡風の彩壁が霞んでいる。
全速で走り抜けた回廊の先。
殿の扉を守っているとばかり思っていた叔母上の姿が見当たらん。

この顔を確かめ一斉に頭を垂れる武閣氏に問うと、その一人が不安そうに王妃媽媽の御部屋の入口を目で示した。
此処で再び無駄足を踏むのでは敵わん。息を整え頷いて
「呼んで欲しい」
そう伝えると武閣氏は困った様子で俺へと視線を戻す。

「医仙様を交え、何やら・・・」
「何だ」
「こみ入ったお話をされていらっしゃるようで」
「話」

心当たりがある所為で、些細な一言にも思わず眉根に皺が寄る。
「はい。隊長だけではありません。先刻からいろいろな方々が、入れ代わり立ち代わり」

顰めた眉を誤解したか、武閣氏は懸命に経緯を伝える。
そしてふと声を切り、思い出したように付け加えた。
「迂達赤の隊長もおいででした」

叔母上に呼び出されたか、己で足を運んだか。
俺の話を聞いた後なら当然だろう。
その武閣氏に頷いて、眸で王妃媽媽の御部屋の扉を示す。
「今も居るか」

しかし武閣氏は首を振った。
「小半刻ほど前に退出されました。今いらっしゃるのはチェ尚宮様と医仙様のみです。随分と長い事、御三方だけで」

あの方を確かめに向かった典医寺で、対応に出て来たキム侍医も同じ事を言っていた。
時間が掛かり過ぎです。
「王妃媽媽には問題無いか」
「恐らくは・・・」

御部屋内の状況が判らぬのだろう。対応の武閣氏は言い淀む。その時。

「出て行くが良い」

雨に濡れた空気を裂くように、御部屋内から飛んだ小さく鋭い御声。
俺も武閣氏も驚きの余り、口を閉じたまま扉を凝視する。
そんな厳しい御声はかつて一度として耳にした事はない。
しかし御声は間違えようもない。坤成殿の主、王妃媽媽。
同時に翡翠色の戸が開き、中から見慣れた背格好の女人が一人姿勢を正したままで退出する。

呆気に取られ、出て来たその影を信じられん思いで見る。
あの鋭い声が掛かったなど、理由が全く思い当たらない。
何が起きたのだ、あの方を交えたこの部屋内で。俺の与り知らぬ間に。

俺が口にするより早く、扉横を守る武閣氏が
「隊長、一体何が!」
声をひそめて、その名を呼んだ。

 

*****

 

「そう血相を変えるな。人目がある」
「叔母上」

いつもと逆だ。人目を避け回廊に潜むのは叔母上の得意技の筈が。
回廊の隅まで歩き、足を止めたのは俺が先だった。
「あの方は」
「まだ王妃媽媽の御部屋に居る。会いに来たのか」
「何があった」

朱柱の陰で向き合う叔母上は答えず、ただ深く息を吐いた。
「ウンスに聞いた。お前も役目を辞すそうだな。いっその事、その方が潔い。
兄上を始めチェ家代々が遺した足跡を、残された妹と息子が汚さずに済む」
「・・・どういう事だ!」
「叔母にそんな口の利き方があるか!」

飛んで来た速手を間一髪で避け叔母上を見詰めると、諦めたよう再び大きな息の音がした。

「私も役目を辞す」

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    エッ!?
    チェ尚宮様、職を辞す?
    王妃様の、厳しいお声?
    ウンスも、中に居るはず…。
    三人で、どんなことになってしまったの?
    いえ、三人で、何をしようとしているの?

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん様
    おはようございます。
    初めは「なんでヨンが辞職?」って謎だったんですが、理由がわかって、今度はチェ尚宮までが。
    これでウンスも「私もいるわけにはいかない。」なんて言おうものなら(^_^;)
    続きが気になります~(≧∇≦)

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