2016 再開祭 | 李・後篇

 

 

「ヨンア」
あの声が、朝陽の中で俺を呼ぶ。

休暇だったのは何よりだ。
これで役目でもあった日なら、迂達赤の奴らに何が起きるか想像に難くない。
泥塗れ、汗塗れで済めばまだ笑って過ごせる範疇だ。
笑うどころか、血塗れだったという事も考えられる。

ヒョヌ。
ヒョヌ。
ヒョヌだと。
賢雨、鉉宇、頭の中に見も知らぬ男の顔と、一度だけ耳にした名がちらつく。
いや違う。ちらつく処の話ではない。
焼き鏝を当てられたようにくっきり熱く真赤に焼き付いたそれは、あの声の輪郭を持って浮かび上がる。

まだ熱を持っている。疼いて黒い煙を上げている。膚の焦げる匂いが鼻を突く。
きっとその火傷の後には消えぬ印が刻まれる。ヒョヌという、刻みたくもなかった名の焼印が。

「ねえねえ、ヨーンア」
あの声が、甘えたように俺を呼ぶ。
「ねええ、ヨンアってば」

寝台の上、すっかり上がった朝陽の中で白く細い腕が伸びる。
「だっこ」

横ざまに棍棒で頭を殴られた気分で寝台の端に腰を掛け、肩越しに流した視線でその誘惑に首を振る。

抱き締めて済むとは思えない。では心のまま手荒に扱えば良いか。
無理矢理に抱き締め拒むあなたを組み伏せ、手足の自由を奪うか。
その衣を破り捨て、真白い肌一面に真赤な刻印でも刻むつもりか。
今この胸のど真中に燻る、焼き鏝の熱い傷と同じものを。

それは愛情を交わすものではない。悋気という名の強姦だ。
何をしても赦されるわけではない。愛おしいから目を逸らす。

「・・・ヨンア、だっこして」
それでもあの声が震えれば、耳も心も千切れそうに痛い。
身動ぎ一つ出来ずただ首を振る俺の眸の前、白い腕が掛布の上に力なく落ちる。

白い肌が掛布に立てる、乾いた音だけが寝屋に響く。

ああとただ息を吐く。
ああ、また傷つけた。

しかしそんな俺よりいつでも勁いこの方は、決して其処に落ちたままではいない。
掛布を蹴るようにして飛び起きると、俺の夜着の背にぴたりと張りつく。
背ける隙もあらばこそ、小さな手がこの額へ伸びる。
熱を確かめた掌は次に両頬に添えられ、強引に背けた首を廻して顔色を確かめる。
そして頸へ、最後に手首の血脈へ。
慣れ親しんだ、この肌が憶えている手順。
移る前には次の場所がその温もりを待ち侘びている。

触れられるだけで肌が粟立つ。
こんなにも愛おしいのに、何故傷つけたいと願うのか。

男の因果か、俺の業か。判っているのに奥まで刻みつけたい。
決して消えぬ印を穿ちたい。あの声が枯れるまで泣かせたい。
二度とその頭にも体にもましてや心になど、一歩たりとも他の男を立ち入らせぬように。
俺の事しか考えられず、思い出せぬように。
あなたの過去にもそして先にも、男は俺しか存在せぬように。

何処まで遡れば、その身勝手な夢は叶うのだろう。
この方を獄に繋いで、俺の帰りだけを待たせれば良いのか。
それとも獣のように乱れて、消えぬ咬傷でも残せば良いのか。

俺のものだ。俺だけのものだ。一生そうだと誓っただろう。
あなたは言った。次も、その次も、その次もと言った筈だ。
信じている。あなたは絶対に嘘など吐かぬ。
そして一切信じぬ。見も知らぬ男の事など。

家族同然の迂達赤ですら、ヒドや手裏房ですら、畏れ多くも王様にですらこの方が絡めば悋気を抱く。
そんな俺が如何して顔すら知らぬ、何処の誰とも知れぬ馬の骨を信じられる。

「ヨンア、どうしたの?どこか痛いの?」
背に張り付いていたこの方は寝台を下りると前に廻り、床に膝をつくと俺の眸を見上げた。
純粋な真直ぐな、曇り一つない鳶色の瞳。

判っている。あなたの所為ではない事くらい。
そして初めて思い知った。
俺が夢で一度だけ呼んだ名が、どれ程その心を傷つけたか。

あの時俺は、永久の別れでその名を呼んだ。
もう二度と、夢にすら見る事はないからと。
薄れていく面影に、そして忘れてしまう事に、最後に詫びた。
ただ倖せにしたい方がいる。
秘めても他の女人を胸にしておく事は出来ぬ程、愛する方が。

悔いがない事すら申し訳ない程に、この方だけで満たしたい。
この頭も体もそして心も。嘘偽りなく、俺を捧げ尽くしたい。
望みの叶った今も求めているのに。
もっともっととねだっているのに。
なのに何故同じ事をされたくらいで、これ程に憤るのだろう。

それでも強欲な黒い焔に舐められながら願う。
俺の為にだけ笑い、俺の為にだけ泣けば良い。
幸福の絶頂でこれ以上受け止められぬと、笑いながら泣いてくれ。
そして俺のつけた傷なら、俺が必ず癒すから。
それまでにどれだけの刻が掛かろうと、幾度あなたに詫びようと。

「イムジャ」
震えが来ぬよう肚に力を込め、ようやく声を絞り出す。
「ヒョヌとは、誰だ」

そして鳶色の澄んだ瞳は、何の罪悪感も浮かばぬまま瞠られた。

 

 

 

 

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7 件のコメント

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    偉い。今までの学習の賜物。
    モヤモヤ時間は短めに!
    聞いてみるのが一番早い。
    ズバリ そうでしょう!(笑)
    ウンス ぽっかーん…
    誤解をといて はやく イチャついてー♥

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    お早う御座います。さぁどうするウンス正直に、話す?ヨン相手に、誤魔化しは、効かないでしょう?この先どうなるんだろう?

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    こんにちは^^
    おお~。意外、、学んだのですかね。ヨンさん
    ちゃんと正面突破できました。これからの
    展開はわからないですがw 正面突破が「らしい」
    そうそう、直接聞けばいいんです(*'-'*)よね
    他の人を間に入れるからややこしくなるし
    聞いてだめになるものは、遅かれ早かれ・・・
    夢の内容を細かく言えるといいですね~
    (悋気されるの覚悟で)多少、壊されるのを
    覚悟の上で。(´・ω・`)(´-ω-`)) ペコリ

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    そうそう、一体誰なんだ?って、
    悩む刻が勿体ない。
    このヨンのウンスに対する
    愛情は凄すぎて、一つ間違えると
    危ない(^_^;)
    ちゃんと、ヨンが納得できる様に
    ウンスの説明を聞きましょう。

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    ヨン~~ウンスも
    貴方が夢で、メヒの名を呼んだ時と
    同じ気持ちよ(^^)
    ヨンの悋気の被害者を
    出さないように、ウンス頑張れー

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