2016 再開祭 | 神技・結弐

 

 

「確かに・・・殆ど戻っていらっしゃいますね」

急遽呼び出したキム先生が、この人の手首に指を当てる。
何度も指先を押したり戻したり。
丁寧かつ慎重に脈診した後に、複雑な笑顔を浮かべて頷いた。

「しかし快癒とは参りません。未だ熱が籠っている。数脈がやや残っています。
緩脈までには至っておりません。ただ、命門も尺脈も、確かに昨夜とは比べ物にならぬ程」

そう言ってこの人の顔を見た時。
扉の向こうから、小さなノックの音がした。
「はい」

私が先生の横で振り返るとそこからトギが顔を覗かせる。
その横から湯気の立つお椀を乗せたお盆を掲げたテマンも笑顔を見せる。
「大護軍!飯です」

病状が安定してなかったら、申し訳ないけど面会は断るところだった。
私が笑って手招きすると、2人が部屋に入って来る。
テマンの持つお盆からのお粥の匂いが部屋に流れた瞬間に、キム先生の表情が変わる。
「ウンス殿」

そう言って先生が私を診察室の隅へ連れて行く。
そして囁くような小声で、私の耳元に言った。
「今のチェ・ヨン殿に、肉は良くありません」
「・・・え?」

思わぬ声に一瞬頭が止まる。待って、蛋白質は摂取するべきでしょ?
急性腎炎に節制すべきなのは塩分。水分。たんぱく尿が出るんだから
「・・・あ!!」

思わず叫んだ大声に、トギとテマンが驚いたみたいに立ち止まる。
そしてあなたがベッドの上から、心配そうに声を掛ける。
「どうしました」
「ごめん。私のミス」

信じられない、こんな基本的なミス。いくら専門外だからって。
そうだ、腎炎の蛋白質は節制項目。摂取項目じゃない!
もちろん絶対禁止とは違う。適量なら必要な栄養素だし、グラム数を守れば良いだけ。
だけどそれを忘れてたら・・・

「トギ、ほんとに申し訳ないんだけど、戻ってお粥の鍋から鶏を全部取り出してくれる?」
顔色を変えた私の頼みにトギが無言で頷くと、すぐに部屋を走り出る。
テマンはびっくりしたみたいに、そんな私をじっと見る。
「俺、何か間違えて」
「違うの、テマナ、私確かに昨日頼んだの。鶏のお粥って。間違えたのはテマナじゃなくて私」
「疲れていらしたのですよ、ウンス殿もそれだけ」

私たちのやりとりをじっと聞いていたキム先生が穏やかに言う。
「先週からチェ・ヨン殿に付ききりでした。一人で何もかもされようとしていたでしょう」
「先生に気が付いてもらって、良かった・・・」

ぞっとする。もし誰も気が付かずにこの人に出してたら。それが原因で万一病状が悪化したら。
昨夜先生本人に言われた言葉を思い出す。

頼ればいい。1人で出来る事には限界がある。

そう、頼らなきゃいけない。
たとえ自分から見て、高麗の医学に遅れを感じても。必要な道具がなくても。
遅れてる医術の中でどうにかしなきゃいけないからこそ、ミスは許されない。
必要な道具が手に入りにくいからこそ自分の知識で、みんなの助けで乗り越えなきゃいけない。

何より大切なこの人を、こんな初歩的なミスで危険に晒さないために。
頼らなきゃいけない。頼り方を覚えなきゃいけない。
力の抜き方を覚えなきゃ、こんな馬鹿げたミスが起きる。

息を吸って、吐いて。落ちついて。
テマンが抱えていたままのお盆を受け取ってベッド横の椅子に座って、お盆を膝の上に置く。
お盆に乗ったお粥の椀の中からていねいに鶏肉をつまんで取り出していく。
鶏肉がきれいになくなったところで、そのお粥の上にほんの少しだけお酢を垂らす。

それをよくかき回して、木製のスプーンで1口分すくう。

ああ。これもよね。もう少し小さなスプーンが欲しい。
こんな大きな杓子じゃなくって。 それなら自分で削れるのかな。
「ねえ、ヨンア」

スプーンの中身に息を吹きかけて冷ましながら、ベッドの上のあなたに聞いてみる。
「はい」
「スプ・・・ああ、この木杓子、これって自分で作れる?」

お粥の乗った大きな木杓子を見ながら、あなたは頷いた。
「勿論です」
「こんな大きいのじゃなくて、形もこれとはちょっと違っても?」
「好きな大きさで、形で、幾らでも」
「じゃあ」

スプーンをその口に近づけると、この人は気まずそうに口を閉じたまま鋭い視線でキム先生を見た。
テマンは見られる前に気付いて、黙ってぺこんと頭を下げて、急いで部屋を飛び出して行く。
逆にキム先生は睨まれても気にしないように微笑むと
「隣の部屋におります。何かあればお呼び下さい」
そう言って、いつも以上に悠々と診察室を出て行った。

その背中を最後まで睨みつけて、扉から先生が消えたのを確かめてから。
やっと安心したみたいに、この人は私に向けて口を小さく開けた。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    侍医… わざとね(๑⊙ლ⊙)ぷ
    それだけ いい状態なのね。
    良かったわ。
    あれ、 いつもなら
    自分で食べる って 言いそうだけど
    主治医のお許しがないから
    素直に あ~ん なんて (。 >艸<)フフフ

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    さらん様
    いつも素敵なお話をありがとうございます。
    お病気ヨンのお話をリクエストさせて頂きましたがさらんさんの知識の豊富さに驚きました。さらんさんはもしかしてお医者さま?と本気で思っています。
    ヨンを助けるのはウンスだけではなくみんななんですね。素敵すぎて心臓がきゅうっとなりっぱなしです。
    ヨンはもっとウンスにあまえるのかなぁ。
    このあとどうなるのか楽しみです♪

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