2016 再開祭 | 寝ても 醒めても ~ 내 꿈 꿔 ~・後篇

 

 

その言い分に、この方は唖然として口を開いた。
口の悪さに慣れているとはいえ、俺も腹が立つ。
「まだ経絡に慣れていない」
「医官」
「はい、ヒド殿」

俺の声など無視したヒドに続いて呼ばれたキム侍医が、奴の眼に頷き返す。
「女人は、鍼は打てるんだな」
「完全ではないですが・・・」
ヒドは頷くと、懐に呑んだ小刀を取り出した。

「何をする気だ」
「お主も口煩くなった」
ヒドは不機嫌そうに言うと、鞘から流れるような抜刀の軌跡を描く。
その刃先でついでのように袖を捲ったままの二の腕を、迷う事なくすぱりと斜めに斬る。
「ヒド!」
「ヒ、ヒドヒョン!!」
「ヒドさん!」

一斉に叫ぶ俺達を黙殺するヒドの心の臓の動きに合わせるように、傷口からと血が溢れ出す。
斬った本人が最も落ち着いた声で一声唸った。
「ああ、刀は苦手だ」
「ヒドさん、何で!何してるの?!」

この方の声に顔を顰め
「叫ぶな。こんなもの疵にも入らん。良いか。
先ず手早い止血の郄穴は手陽経の養老、そして足陽経の金門。打て」
「そんな、だって私」
「打て!」

溢れる血の勢いとヒドの低い恫喝の声。
この方が指を震わせながら医官道具の入った匣から鍼を取る。
「養老・・・」

惑うような瞳に俺はヒドの掌を掴むとその胸に当てさせ、この方の手を取る。
そしてヒドの腕に浮いた筋と骨の間の窪み、養老の郄穴を探させる。
「養老。此処です。先刻光ったあたりの深さは憶えていますか」
「う、うん」
「呼吸を整えつつゆっくりと挿し、暫し置鍼します」

この方がようやく頷き指先に握りした鍼先の揺れに、ヒドが厳しい声を飛ばす。
「ふざけるな、そんな震えた手で刺すなど。息を整えてからだ」
「はい」

鍼を刺す前から額に汗を浮かべ、この方が息を整える。
「刺す相手の息に合わせろ。吸う時に刺して行け。それが一番痛みを感じん」
「はい」

ヒドの呼吸、胸の上下を確認しつつ、この方はゆっくりと養老へ鍼を刺していく。
「もう少し」
「はい」
「女人、お前本当にさっきの光を憶えているのか」
「はい」
「それならそんなに浅くなかろう!」
「はい」

ヒドの呼吸に合わせ、少しずつ深さを増す鍼。
その指先、鍼先を、この方も俺もキム侍医もテマンもが注視する。
「何処まで刺す気だ!其処だ!」

怒声にこの方は手を止め息を吐き、傷口の溢れ続ける赤い血を見つめる。
その黒手甲を伝い、既に床には小さな血溜まりが出来ている。
未だ指先を滴り落ちる赤い雫が、その血溜まりの面に小さな波紋を広げる。
「安堵する場合か。次は金門だ」

ヒドは遠慮無くその脚を椅子の上に乗せ、踝の前下の外側の窪みを眼で示す。
「これで終わりと思うなよ。此処までは応急の止血だ。
この後も四箇所打つ場所がある。判ったらさっさと打て」

あと四箇所と言った声に、この方は絶望的な顔で俺を見上げる。
俺は黙って首を振り、その指先を足首の金門の窪みへと導いた。
「郄穴は筋と骨の合間の窪み、骨と筋との合間のへこみにあります。探り方も憶えて下さい」
この方は懸命に頷き、ヒドの踝の金門を探す為に俺に握られた指をヒドの肌へ滑らせた。

「先ずこの二箇所。薬湯も良かろうが効くまで時間がかかる。煎じる時間が無い。
溢れる程の出血には、この郄穴の二箇所を憶えろ。探し方はヨンが教えたな」
「は、はい」
これ程に他の言葉を吐かぬこの方も珍しい。
先刻からはい以外の声を、殆ど発していない。

「この二箇所に打った後は臨泣、通谷、これは足にある。そして後谿、前谷。
これは手にある。但し郄穴ほど深部には無いからな」
「ヒド」

其処で口を挟んだ俺に、ヒドの眼が上がる。
「一旦鍼に雷功を通すか」
「通せば血が止まる。止まれば鍼の効きが判らなくなる」
ヒドはまるで対岸の火事を見るような眼で床の血溜まりと、先刻より間隔をあけながら今も滴り続ける雫を見下ろした。

「早く打て。俺の血が勿体無かろう」
「はい」
この方が言われた四箇所の点穴に鍼を打つと、程無く紅い滴が止まる。
傷口から溢れる血が殆ど止まったところで
「抜け」
そう言われ、この方がヒドの肌へと手を伸ばす。

「抜く時には、吐く息に合わせろ」
その声にヒドの息、胸の動きにだけ注意を向ける。
「これが止血の点穴。戦場では必ず使う。憶えろ。痺れを与える点穴もある。痛みを殺すからな。今から教える」
「ヒド殿」

猪蹄湯でたっぷりと湿らせた布を指先に、侍医がヒドへと声を掛ける。
「まず傷を拭かせて下さい。浅くはない。縫いましょう。その後でも教えて頂けますから」
「時間が惜しいと言っておろうが」
「ヒド」

苛立つヒドの声に眸を眇め、その顔を凝と見詰める。
「何故焦る」
「お主こそ何故それほど暢気だ、ヨンア」

その声に走る動揺を見逃さず、ヒドは揶揄うような声で低く笑う。
「一刻も早く憶えねば、困るのはお主らだろう」
「押し付けるな」
「甘いな。甘過ぎる」

此度はもう隠そうともせん。
はっきりと鼻先で哂うと、ヒドはこの方へと目を投げた。
「良かったな。甘い夫のお蔭で、鍼すら打てぬ駄医官がこの国の医仙だ」
「ヒド!」

その言い草に俺がこの方とヒドの間に割って入ると、何故かヒドの血に濡れた小さな手が俺の袖を引く。
「良い、ヨンア。大丈夫」
「・・・イムジャ」
「ヒドさん」

俺を見る事無く目の前のヒドを見つめ、この方が真直ぐに声を続ける。
「確かに深いです。縫わせて。そうしたら次はその痺れの点穴を教えて」
「縫う暇が惜しいと言っている」
「なら縫う時にその点穴を教えて。そこに鍼を打って麻痺させながら縫います。一石二鳥だし」

一歩も退かず言い募るこの方に、ヒドは僅かに目許を緩ませる。
「成程。唯の愚か者では無いわけか」
「そうですよ」

この方は覚悟を決めたか大きく笑むとヒドを腰掛けるさせるよう、その指で椅子を示す。
示す椅子へと腰掛けたヒドの向かいの椅子に腰掛けると、小さな両手が血に濡れたヒドの腕を掴み、卓上に据える。

「教えて下さい。その痺れの点穴。ヒドさんも遠慮しないみたいだから、私も遠慮なく思いっきり縫えます」
「此方は体を張っている。少しは遠慮しろ」
ヒドが苦い顔で呟くと、この方は無遠慮にヒドの顔を覗き込む。
「申し訳ないけど無理。ヒドさんも私も、大切なものは同じだもの。でしょ?
あそこまで怒鳴っといて遠慮しろなんて。どんどん体を張って下さい。私も遠慮なくどんどん覚えますから」

ヒドの眼が、はっきりとこの方を正面から捉える。
この方は奴の眼を見つめ、堂々と笑い返す。
「参った」
「遅いですよ」

ヒドの笑い顔。俺以外の男に見せるこの方の笑顔。
そして二人にしか判らぬ、笑みの合間の交わす声。
「・・・おい!」

その声にようやくこの方を見ていたヒドの眼が俺に向く。
そしてヒドだけを見ていたこの方の瞳も。
おい。俺は今、二人の何方にそう呼び掛けたのだ。
おい。そう呼んで、その後何を言おうとしたのだ。

いや、二人が判りあってくれるのは良い。
兄とも家族とも思うヒドとこの方が近しくなるのは、決して悪い事ではない。
なのにこの捩じれるような黒い胸の痛みは何だ。
地団駄を踏みたくなるような腹立たしさは何だ。

「・・・テマン殿。暫し、トギの手伝いをお願いできますか」
無言で事の成り行きを見ていたキム侍医が、突然言うと椅子を立つ。
「今日の処はお二人にお任せして宜しいでしょうか、大護軍、ヒド殿」
「・・・ああ」

俺が低く返し、ヒドが無言で頷く。
それを確かめると視線でテマンを促した侍医は
「何かありましたら、すぐにお呼び下さい」
そう言って頭を下げ扉まで進むと、テマンの動くのを待つように静かに佇んでいる。
テマンは心配そうに動かぬまま、俺とヒドを比べ見る。
「大護軍、ヒドヒョン」
「大丈夫だ。縫えば終いだ」

俺の怪我ではない事に僅かでも気が軽いか、テマンは頷くと侍医の待つ扉へと小走りに寄る。
そして二人の背は扉の向うへ滑り出で、俺達だけが残された部屋内は奇妙な沈黙に包まれた。

 

 


 

 

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