2016再開祭 | 花簪・弐

 

 

「初めて見る陣形です」
「こんな技があるのですか」
「迂達赤が最強部隊になる筈だ。俺達も気を引き締めんと」
「これは元の武技ですか、それとも倭人の」

指南書一頁繰る毎に目を輝かせ、声を上げる二人の向こう。
初夏の緑の景色を切り取った窓外を三つの人影が過る。

一人楽し気なあの方に、困り顔のテマンとトクマンが添っている。

万一に備え閉め切った窓向こうの声は届かない。
それでも頻りに兵舎の入口を指すトクマンの腕。
テマンは眉を下げ、その口が困ったように動いている。

それを聞き入れる風もなくあの方は涼しい顔で裏庭を奥へと進む。

トクマンもテマンも止める理由がある。聞け入れんのは唯の我儘だ。
俺達はあくまで来訪者、国境隊には国境隊の厳然たる規と則がある。
勝手な振舞いが国境隊もテマンらも、そして御自身をも危険に晒す。

此処に居る以上あの方は奴らの指示に従う義務がある。
俺の視線に気付いた奴らが書面から顔を上げ、窓外の三人の姿に目を細めた。
「気が気ではないですね、大護軍も迂達赤も」

決して責めている訳ではない。よく判る。こいつらにそんな二心や裏表はない。
見慣れぬ医仙が兵舎内をうろつけば目が行くだろうし、皇宮のよう武閣氏や尚宮がいる訳ではないから珍しさもあろう。
からと言って、己の家族すらも呼ばずにいる兵舎に女人がいれば、良い事ばかりとは限らん。
こうして隊長や副隊長の気が逸れる、それだけで充分妨げになる。
「・・・注意しておく」
「とんでもない。今の処は敵の気配もありませんから、どうぞ気楽にお過ごし下さい。開京と同等のもてなしは難しいですが」

奴らもそう言うしかなかろう。相手が皇宮の医仙、天の医官なら。
そうして周囲から甘やかされてつけ上がる。
軍の規律も成り立ちも覚えて良い頃だ。言わねばならん。
これ以上好き勝手が続くならこの先二度と帯同は出来ん。

元の侵攻の気配がない今こそ、またとない好機。
こうして国境の様子を直に確認し、そして鍛錬が付けられる。
此処の誰が思うより、俺が一番望んでいる。
邪魔するな。俺は鍛錬がしたい。力が欲しい。強くなりたい。国を守りたい。
それが兵を、民を、王様を守る事になる。
そしてそれこそが約束を護り続ける唯一の道だから。

「この後、各班の責任者を集めろ」
組んだ腕を解くと同時の声に、隊長と副隊長の目が丸くなる。
「これからですか」
「刻が惜しい」
「しかし大護軍、長旅の後でお疲れでしょう。今日は」
「馬鹿言うな」

立ち上がり首を振ると、そのまま部屋扉へ向かう。
「四半刻後。隊の責任者らと鍛錬場に来い」
「は、はい!では、まずは寝所にご案内します」

俺に続いて慌てて立ち上がり、先に立つ副隊長について扉を出る。
鍛錬にはトクマンとテマンの手も要る。
既に開京で鍛錬を始めている奴らが共に教えれば、国境隊への伝播も早い。
そして守りの二人を駆り出す以上、あの方は部屋に留まる必要がある。
これ以上刻を無駄にし、兵の気を散らせる事は出来ん。

部屋を出で回廊を歩き始めた途端、すぐに俺達の姿を認めたテマンとトクマンが庭から頭を下げた。
「来い」
それだけ言った声に守りの二人が改めて促す。
「行きましょう、医仙」

流石にこの方も素直に従って、俺の許へと足早に戻る。
俺が言わねばどうだった。この方は素直に奴らに従ったか。
先刻の窓外での態度を見れば、それは有り得んだろう。

迂達赤の兵舎内なら、皇宮内ならまだ我慢もする。
迂達赤、叔母上、武閣氏そして禁軍。他にも見る目や守る手がある。
しかし此処で勝手は許さん。それが国境隊を乱れさせるなら尚更に。

無言で歩くこの背に漂う、不穏な気配を感じているのは男たちだけらしい。
半歩後の国境副隊長が黙ったままテマンに、そしてトクマンに視線で尋ねる。
テマンは間違いなく俺を読んでいる。
副隊長の目を受け、逆後から目であの方を指す。
副隊長も得心がいったように、声を立てずに頷いた。
そんな男達の視線だけの遣り取りが視界の隅に映る。

「もう話は終わった?早かったのね。ゆっくり庭が見たかったのに」

男達の視線の意味に気付かぬこの方の、暢気な声だけが回廊に響いた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    ウンスさんは お庭の散策したかった
    だけなんですけどね…
    厳しい現場ですからね~
    いつもとは勝手が違う
    ヨンの立場も… そそ そうよ
    次は一緒に行けませんって ことになっちゃうカモカモ

  • SECRET: 0
    PASS:
    今のところ戦はないにしろ、常に緊迫感を持って鍛錬をつむ兵士たちのいる国境の兵舎。
    命をかけている。
    家族にも会えない。
    そこをのんびりと、
    「もっと庭を歩きたかったのに。」
    の、ウンス。
    「庭…」……
    違うよ、ウンス!
    家族たちを思いながらも、高麗を守るためにいる聖域。
    大切な軍の、神聖なる鍛錬場。
    散策する「庭…」じゃないよ。

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