2016 再開祭 | 玉散氷刃・伍

 

 

唯でさえ短い廊下がいつにも増して短いと、キム侍医は思った。
考える時間はない、診察室に入ればすぐにオク公卿の細君との面会を要求されるだろう。

一度口に出した以上は、このチェ・ヨンという男に翻意はない。
会うと言ったら会うだろうし、会った以上は相手が病人だろうが女人だろうが身重だろうが、己の聞きたい事を聞き出すだろう。
決して手荒な真似をする事はなかろうが。

診察棟まで戻った処で、侍医は苦し紛れにチェ・ヨンへと言う。
「ひとまずオク公卿の奥方様への御面会はお控えを。医官として今はお会い頂く訳にはいきません」

チェ・ヨンの腹立たしさは理解できる。最愛のウンスが攫われ、手を拱いているだけでも腹が立とう。
自分も愛しい女人を為す術なく失った男として、気持ちは痛い程に判る。

しかし気が立ったチェ・ヨンが、身重で病状も芳しくない公卿の細君に面会し万一最悪の事が起きれば。
その時になって騒動に巻き込まれるのは、他ならぬチェ・ヨン本人なのだ。

相手が皇宮高官の妻である以上、チェ・ヨンとの面会が元で腹の児が流れれば只では済まされない。
それではここまで寝ずの看病をし、あらゆる治療を講じて細君と児の命を守って来たウンスが悲しむ。

男としてはチェ・ヨンの心情が、医官としてはウンスの心情が。
それぞれ何方も判るからこう言うしかないと、侍医は項垂れた。
「チェ・ヨン殿のお気持ちは、重々判ります。申し訳ない」
「・・・判った。あの方と共に居た薬員に会いたい」
「勿論です。暫しお待ちを」

侍医は言い残すと素早く部屋を飛び出した。

 

戻りを待つ間にも朝の番に立つ医官や薬員らが次々と診察棟へ顔を覗かせる。
そしてチェ・ヨンとテマンに頭を下げ笑みを浮かべ、朝の挨拶の声を掛ける。

お早うございます。
その声に曖昧に頷きつつチェ・ヨンは気付く。

ウンスがいる時には己が口を開く前に明るい声がそれに応え、己は黙って傍に添うて居るだけで良かった。
元来人付き合いも悪く、口も重い己と周囲の者の懸け橋になっていたウンスが居ないだけで、これほど居心地が悪い。

その時大きな薬草籠を両手で抱え、危なかしい足取りのトギが扉を入って来た。
「トギヤ」
籠に盛った目塞ぎの薬草の隙間からトギが目を上げ、正面のチェ・ヨンとテマンを見付けると驚いたように立ち止まる。

テマンはそのまま薬草籠をトギの手から奪うと、
「どこに置くんだ」
そう言って治療部屋の中を見渡した。

トギはそんなテマンの腕を、空になった手で思い切り引っ張った。
薬草籠を抱えていたテマンが、何事かという顔でトギを振り返る。

何をしているのかとトギの指で尋ねられ、答えて良いものか迷ったテマンはチェ・ヨンに目を移す。
その視線を目敏く追い駆けたトギは、次に指でウンスは何処だと尋ねる。

両手が塞がっていては話せないだろうと思い、その籠を持ったのが仇になったと、テマンは悔いた。
チェ・ヨンの肚が読めない以上、今ここでトギに事情を話すのが正解なのかどうかが分からない。

チェ・ヨンが誰より心配し、怒っているのはテマンにも判る。
けれど大っぴらにするなと言うのに、典医寺の中でもどれだけ吹聴していいのか。

「テマナ」

その時チェ・ヨンは名を呼ぶと、テマンに向けて小さく頷いた。
話の許しだろうとテマンはトギに引かれた腕を逆に引張り返すと、そのまま診察部屋の隅へ連れて行く。

「医仙がいなくなった。さらわれたんだ」
部屋の隅で向かい合い伝えると、トギの目が険しくなった。
誰に。指で問われて首を振る。
「分からない。大護軍も迂達赤も探してる。天界の道具もなくなってるんだ。何か知らないか」

トギは首を振った後、思い出したようにいきなり表へ駆け出した。
「て、大護軍、俺行ってきます」

テマンはチェ・ヨンに小さく叫ぶと、その背後について外へ出る。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    こんにちは、ウンス早く戻って着なさい。ヨンが、どれだけ心配してるか分からない訳じゃあ無いでしょう。行く前に、何かを、残せ無かったのか?漢字を、覚えなさい!ヨン。ウンスの事で苦労が ?

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