【 花簪 】
居場所を確かめる為に開いた扉内、溢れていた陽射しはない。
昼の明るさなど忘れたように、部屋は静かな闇が満ちている。
聞き入れもせず懲りもせず、また勝手に出掛けているわけだ。
暗い無人の部屋内を最後に見回し、音を立てずに扉を閉める。
閉める刹那の花簪は、扉の風でまた揺れた。
*****
「大護軍!」
北方基地の大門まで駈け出て来た国境隊長は、まだ鞍上の俺に向け深々と頭を下げた。
鞍を降り鎧の肩をぶつけ合う挨拶の後、兵舎に向けて歩き出す。
「まさか、直々に来て下さるとは思いませんでした」
「鍛錬の指南書を持って来た」
擦れ違う国境隊の奴らが並ぶ俺達を見つけ、声を上げて走り寄る。
「大護軍!」
「ようこそ、大護軍」
「お会いできるなんて!」
「お久しぶりです」
「どうされたんですか、突然」
それを追い払うよう、並んで歩く国境隊長が分厚い掌を振る。
「これから後悔するなよ。大護軍が新しい鍛錬の指南書を持って来て下さったからな」
その声に周囲から新たな歓声が上がり、兵の顔が期待で輝く。
隊長が国境隊をよく率い、士気が上がっているのが見て取れる。
「本当ですか、大護軍」
「俺達も大護軍の鍛錬が受けられるんですか」
「是非!」
上がる声を聞きつつ空を見る。雲一つない。渡る風は開京より涼しい。
これなら鍛錬もさぞ捗るだろう。
そんな歓声の中、一人の兵が胸を撫で下ろすような声で言った。
「医仙様もいらしたので、火急の戦かと」
「ごめんなさい、ビックリさせて。私は今回はただの見学というか付き添いというか、臨時のド・・・軍医というか」
俺と国境隊長の半歩後、両脇をテマンとトクマンとに守られながらこの方は笑み声で説明している。
「そうだったんですね」
「いつもお二人一緒で羨ましいです」
再会の嬉しさもあったろう。そして戦ではないと聞き安堵の思いもあったのだろう。
この方の気安い声もあったのだろう。そんな時にこそ、肚に隠す本音が出るものだ。
「俺達は家族にもなかなか会えないので」
「気付いたら子供が二歳になって、顔を見るなり泣かれました」
「お前の顔がよほど恐ろしかったんだろう」
「御二人が一緒にいられるなら、それに越した事はないですよ」
「俺など先日帰ったら、好いた女は他の男と逃げた後でしたから」
「馬鹿野郎、そんな下らない女はさっさと忘れろ!」
そんな声があちこちで上がり、聞いた奴らが笑い出す。それぞれ似たような心当たりがあるのだろう。
此処にいる兵が全員、北の辺境の出身という訳ではない。
休暇を取って故郷へ戻れば、そうした場合もあるだろう。
こいつらも他意があっての言葉ではない。判っていながらも何処かに罪悪感がある。
高麗防衛の重要拠点、終わる事のない警戒態勢、それに伴う日々の鍛錬。
元と国境を接する限り、付き纏うそれらと縁は切れない。
役目に忙殺され私事は後回しになる。
長く隊から離れる事も出来ず、季節は流れ、待つ者の心は変わり、大切な瞬間を逃しているうちに。
この方が天の医術を持っている事は、国境隊もよく弁えている。
戦となれば怪我人は付き物、出征の際には医官が必ず帯同する。
だから医仙が出て来れば兵達は戦かと思う。それは尤もな話だ。
俺達の並ぶ姿を目にし、羨ましいで済んでいるうちはまだ良い。だがそれが不平不満へと膨らめば。
予期せぬ訪問で沸き立つ兵に囲まれ、再び国境隊長と歩き出す。
「お前らは、もう戻れ。大護軍の鍛錬の予定を組み次第、各班長に報せる」
国境隊長の声に嬉し気に頷き、奴らは其々持ち場へと散って行く。
今しがた奴らが何気なく口にした不満が、胸にしこりのように残る。
考えねばならん。この方の姿が奴らに小さからぬ不安を抱かせる事。
それが廻り回ってこの方の首を締めぬよう。

ヨンと男たちの絆話が大好物です。
もちろん王様も男達です!
ウンス絡みでも、たまには、ウンスのわがままが武士ヨンの逆鱗に触れ、ウンスの大反省とか。
いつもは、最後にはヨンが折れるパターン多いように思いますが・・・
戦場に従軍医として同行する。
ふと、ほかの妻帯者はどう思うんだろうと・・・
また、ウンスは武士としての使命をどう理解してるんだろうかと・・・
そんな、キリッとヨンおよび迂達赤及び王様たちのお話など切に期待です!!!
(th19590912さま)
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男のなかに 女が1人…
迂達赤の監督どころか
ウンスの動きが(笑)
ヨンも 気が休まりませんねぇ
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リクエストの説明を読み、今、ドキドキです。
お話の入りかたから、ちょっと悲しそう…
花簪…、どなたかの兵士の奥様か許嫁さんかなあ。
ヨンは、意地悪な人ではない。
でも、高麗の武士。
護らなければならないことは、正義の心で対応するはず。
ウンスの暴走を押さえるのも、ヨンだからできることなのですよね。
ヨンらしく、ウンスにどう接するのか、
楽しみです。
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さらん様
お待ちしておりました。
ありがとうございます。
仕事中ですが、踊りだしそうです。
でも、いろいろご自愛くださいませ。
今後も、楽しみです!!