2016再開祭 | 花簪・捌

 

 

こんなにも縺れるくらいなら、初めから連れて来ねば良かった。
最後にこんな風に罵りあって、追い返すような真似をするなら。
ねだられようと、共に居たかろうと、どんな理由があろうとも。

それすら判別つかぬ程ぬるま湯に浸かり切ったか、チェ・ヨン。
今更剣も捨てられず、護る為なら鬼にもなると誓った筈が。

高麗の武神が聞いて呆れる。新兵卒でも判りそうなものだ。
兵なら孤独に親しめ。家族とも朋とも呼べる仲間が共にいる。
家族が、朋が大切ならば、形振り構わず生き残れ。
共に生き残ってこそ、また家族にも朋にも会える。

誰よりそう教えて来た筈だ。戦え。剣で、弓で、手縛で、槍で。
手許の得物を失ったなら、拳でも肘でも脚でも何処でも使え。
それでも敵わぬなら逃げろ。どんな形であれ生き残る事が勝ちと。

薄暗い兵舎に人気は無い。回廊を擦れ違う兵の影も無い。
手の空いた奴は隊長と副隊長の指示に従い、順に鍛錬を受けている。

各所に置かれた歩哨の奴らが通り過ぎる俺に嬉し気に頭を下げる。
そうしてお前らに笑いかけられる度に思う。呼ばれる度に考える。

無事に帰す。俺がこれ程嬉しいように、お前らにも思って欲しい。
愛する者を息が止まる程抱き締めて、この唯一の女人を守ろうと。
大層な理想は要らん。愛国心など、国を守るなど、大き過ぎて俺にも雲を掴むような話だ。
身近な者を守れずに、国を守れる訳が無い。唯一人すら愛せずに、国など愛せる訳が無い。

そうして俺を慕う必要はない。信じる必要も命を懸ける必要もない。
ただ自分の愛する者を守れ。その為に石にしがみ付いても生き残れ。
それが結局は国を守る事に繋がるのだ。答はそんな簡単な処にある。

兵舎の矢場に立つ奴らの中、必ず他の誰より半拍早く振り向く視線。
鍛錬中で駆け寄れない奴はまず、心配そうにこの顔を其処から伺う。
回廊端から陽の下に出ながら大丈夫だと頷けば、その嘘すらも見透かすように奴の眉が寄る。

そして次に振り向く背の高い影。槍筋も良いが、弓もなかなかだ。
一丁前に他の兵に鍛錬を付けながら、此方に向かって頭を下げる。
鍛錬中に余所見をする馬鹿がいるかと叱りたい処だが、他軍の前で奴の顔を潰したくはない。
その代わりに擦れ違いざま
「抜かるな」
とだけ言った声の調子に、奴の面に緊張が走る。
勘も良い。少し鍛えれば指南役として、良い働きをするようになる。

お前らが共に居る限り、無様に白旗を上げるような真似は出来ん。
石にしがみ付こうと尻を捲って逃げようと、何があろうと生き残る。
それが結局は王様をお守りし、あの方の笑う国を作ると信じている。

結局俺はこんな男で、こういう風にしか生きられん。
鍛錬中の矢場、次々と俺に気付き頭を下げる男達の中を進む。
俺を見る必要などない。そうして頭を下げる必要も。
死に物狂いで覚えろ。弓を、剣を、手縛を、槍を、新たな陣形を。
生きる為に。家族と朋と、愛しい者の為にどうあっても生き残れ。
それさえ成せれば結局は国を助ける事になる。
「何処まで進んだ」

俺の声に鍛練指南の総責任者、国境副隊長が駆けて来た。

 

*****

 

「大護軍」
「何だ」
「そろそろ・・・」

窓から臨む空は紫鈍に沈み、山並の稜線が珊瑚色に浮かぶ。
先刻まで僅かに西空にしがみ付いていた夕陽も沈み切った。

陽が傾くまでの鍛錬の後、この小部屋に直行した。
一日の鍛錬の進行の報告を受ければ、その暗さも当然の刻。
しかし隊長は報告が一息ついた処で、渋面で俺へ諭す。
「夕餉をお取り下さい。昼から喰っていらっしゃらんでしょう」
「あのなあ」

太く息を吐いても、それしきで退く奴ではない。
負けずに此方を真直ぐ見つめ、頑なに太い首を振る。
「兵を大切と思うなら喰って下さい。お願いです。肝心の大護軍が倒れてはどうしようもない」
横の副隊長も同意の声に代わり、無言の頷きを繰り返す。

「刻が惜しければ此処に運ばせます。喰いながら続きを」
「飯の片手間でこんな話が出来るか」
「これ以上特に報告もありません。今日もご覧頂いた通り、進行具合は上々です。ご心配には及びません、大護軍」
「明日からテマンが抜ける」
「テマン殿が」
「ああ」
「判りました。鍛錬の割振りを組み直します」
「頼む」
「ですから大護軍は飯を。医仙様もお待ちでしょうから、すぐに御部屋に運ばせます」
「・・・判った」

そうしてあの方を引き合いに出されれば仕方ない。
確かに一歩たりとも出るなと言った。テマンに様子を見ておけと伝えてあるが、確かめる必要はある。
小部屋の椅子を立つ俺に、先に席を立った隊長と副隊長が頭を下げる。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました、大護軍」

声に頷き部屋を出で、そのまま真直ぐに寝所まで足早に薄暗い廊下を辿る。
どれ程腹を立てようと、それと飯とは別ものだ。
飯すら遅らせるのは理に適わない。それでは只の厭がらせだ。
あの方が好き勝手に出歩けぬからこそ気を配る必要があった。

皇宮や宅とは勝手が違う。
腹を空かせて俺を待ち、口にする間食もなければひもじい思いをさせる。
鍛錬に夢中の俺が一食忘れるのとは訳が違う。
己の気遣いの足りなさに舌打ちし、部屋への角を曲がった途端。

角向こうから足音と共に駆けて来た人影との衝突を避けたのと、その足音が止まり俺に頭を下げるのは同時だった。
「て、大護軍」
「どうした」
薄暗い廊下でもすぐに判る。
廊下の壁に揺れる小さな油灯の中、テマンは強張った顔で俺を見上げた。

「医仙が、いません」

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    あららららららら
    家出? 帰るにも実家は無いし…
    ヨンだって 言いたくないこと
    言っちゃったって いい気はしてないのにね
    ウンスが これじゃ
    トホホホホホ (¯―¯٥)
    困ったなー とりあえず 捜さなきゃね

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