2016再開祭 | 花簪・肆

 

 

久方振りの国境の夕陽の朱赤の中で、泥に汚れた手足を漱ぐ。
井戸から汲み上げるその水は迂達赤兵舎よりもずっと冷たい。

共に汗と汚れを清める奴らの、漱ぐ顔にも手足にも小さな傷が幾つも見える。
それでもその顔に痛みは見えない。
一日何も考えず鍛錬を受けた疲れと、そして満足気な表情が浮かんでいるだけだ。

これなら明日も問題はない。
必死に此方の指南に喰らいつき、他の奴らに指南出来る程度の基礎は叩き込んだ。
安堵と満足の太い息を吐き、被った水を払うように頭を振る。
「明日から鍛錬の兵を増やせ。人数の割振りは指南書にある」

その声に共に井戸端に立つ国境隊長が頷いた。
「はい!」
「俺は卯の刻から加わる」
「国境視察には御伴します」
「好きにしろ」

並んで手足を漱ぐ国境隊長に言い残し、懐から出した手拭いで水滴をざっと拭うと歩き出す。
「判りました!」
「ありがとうございました、大護軍」
「ありがとうございました!」

そんな声を後に兵舎へ向かう背に、足早にテマンが従く。
「大護軍、これ」
奴は懐に仕舞いこんでいた錠前の鍵を取り出し、俺の掌へ渡した。
「ああ」
「医仙、ちょっと怒ってました」
「そんな資格はない」
「・・・え」
「お前とトクマンも、庭で連れ戻そうとしていたろう」

俺の指摘にテマンは気まずそうな顔で眉を搔く。
「そそれは、あの時、誰にも庭に出るって伝えてなくて。だから勝手に出るのはまずいんじゃないかって」
「此度もだ」
「そうなんですか」
「ああ」

動かず居てくれと頼んだ筈だ。訳は後でとも伝えた筈だ。
あの方への信頼があったからこそ、信じて一人で残した。
右から左に聞き流すなら言葉になど何の意味も無い。真摯に話すだけ馬鹿を見る。費やす刻も傾ける心も。

不機嫌に黙り込む横顔を、不安げなテマンの目が追う。
「大護軍」
何だと流した眸だけで問えば、夕陽に染まったテマンは困った様子で唇を結び無言で俺を見ているだけだ。

怒らないで下さい、か。 それとも気持ちは分かります、か。
誰より正しくこの肚を読む男は、誰より真直ぐな目で俺に向き合う。
そして誰より正直な心根故に、そこで声を失くしてしまうのだろう。

嘘は吐けん奴だ。俺が怒っている理由が判る分。しかし俺に加勢して、あの方を責める事も出来んと見える。
お前の肚も判る。この肚を読んでいる事を知っている。
お前は誰より正しく知っている。俺が今、どれ程立腹しているかを。
規律を乱す事。鍛錬の邪魔をする事。まして他軍の貴重な刻を奪う中、俺がそれをどれ程厭うかを。

廊下をそれぞれ宛がわれた寝所まで歩き、掌の鍵で大きな音を立て錠を開く俺の姿が扉から消えるまで。
奴は向かいの扉前から無言のままで見送り、最後に一度だけ深々と頭を下げた。

 

*****

 

「どうしてカギまでかけたのよ?!まるで囚人扱いじゃない!!」
頭を下げる奴の前で静かに扉を閉めた途端、険しい声が飛んで来る。
そうして大声を上げ怒鳴りたいのは此方の方だと言うのに。
それでも扉前の俺にいつものように寄り、頬に伸ばされる指。
構わず部屋の中央へ進みつつ、擦れ違う偶然の振りで避ける。

振り返る瞳が驚いたように瞠られて、ようやく何かに気付いたか。
それでも諦めず再び伸ばされた指が触れる前に、此度こそ誤魔化さず静かに払い除ける。

「部屋に居ろと言った筈です」
「だからフラフラ出歩かないで、庭の隅っこでじっとしてたでしょ」
「見たければ此処から見れば良い」
本気で腹を立てたようにこの掌を掴むと、あなたを俺を引いて窓際へ立たせた。

「ほら、見てよ!庭はここからじゃほとんど建物の陰なのよ!」
「ならば見る必要は無い」
「あるわよ!あなたがやってる事は全部知っておきたいの。訓練を見るだけでも、どんな怪我が増えるのか想定しやすいし」
「戦は鍛錬通りになど進まない」

刀、槍、弓。水、毒、火攻。ありとあらゆる攻めの手が考えられる。
幾らああして鍛錬を盗み見たとて、敵の戦法など判るはずがない。
判らないからこそ隊の乱れが最も怖い。隊が乱れぬ以上どんな手にも対応できる。
隊が乱れれば、どれだけ鍛錬を重ねても呆気なく敗れる。それが戦というものだ。

あなたが俺の言いつけを破り軽率に兵舎内をうろつく、それが一番の厄介だ。
兵の心の乱れ、隊の乱れに繋がる事が。
だからこそ頭を下げてまで、大人しくしているように頼んだものを。

「止めた訳がある」
「それは、分かってるけど」
「後で伝えると言った筈だ」
「聞いたわ。だけどここにずっといるわけじゃないし、皇宮では私も典医寺の仕事があるから、訓練を見るチャンスなんてなかなかないんだもの」
「必要な事は伝えている」
「だから分かってるってば!でもこの目で実際に見たかったのよ」

これだけ言っても通じん。傷つく顔など見たくないのに、これ以外の言い方が判らない。

「兵の前では、共に居たくない」

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    怒らない訳はないと おもったけど…
    知りたがり(ヨンのことは なんだって)
    ガァーーーーーン…
    一緒に居たくない?
    ここがけ 大きく聞こえてそう
    ここは ちゃんと 話さないとね。(笑)

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    あらあら、いくらなんでも最後の言葉はウンスにとってというか、愛してる人から言われたら傷つきますね……
    この言葉がすれ違いをうまないことを願う一方で、何処かでは何かあってほしいって思う自分が(笑)

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    最初から連れて来なければ良かったのに( ̄^ ̄)
    確かに言われた通りにじっとしていないウンスが悪いのかもしれないけどさ…
    ウンスだよ…無理でしょ‼︎
    隊員達の悪気ない言葉に罪悪感を感じてしまうヨンもヨンらしいけどさ…
    共にいたくないなんて…言っちゃったよ…
    あ~~あ

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