2016 再開祭 | 春夜喜雨・拾柒

 

 

「隊長様」
「・・・・・・」
「本当に、本当に知らなかったんですよ」

透き通った雨上りの空、久し振りの陽が射し込み始めた部屋内。
ムソンが改めてチュンソクへと深々と頭を下げる。
先刻怒鳴りつけられてから、もう何度目か。

「悪気なんてこれっぽっちも無かった。本当に済みません。頼むから機嫌を直して下さい」
その哀願をものの見事に黙殺し、冷めきった茶を一口含むとチュンソクは此方へ向き直る。

「大護軍。話はお済みですか」
「おう」
「大護軍様、隊長様ぁ」

情けない声を上げるムソンと怒りの醒めやらぬチュンソクを見比べていたこの方が、堪え切れずに小さく噴き出す。
「・・・医仙」
咎めるようなチュンソクの視線も我関せずと言った様子で、この方は小さな両手で赤らんだ頬を押さえた。
「チュンソク隊長、カッコよかったー」
「・・・は?」

突然の声に毒気を抜かれたよう、チュンソクが呆けた声を返す。
「俺の許婚だ!!」
この方は先刻のチュンソクの口真似をしながら、一人で嬉し気に幾度も頷いた。

「キョンヒさまがここにいたら良かったのに!きっとすごく喜ばれたはずよ、あんな素敵な告白。
聞いて頂きたかった。ねえ、帰ったらお伝えしてもいい?」
「お止めください!」

慌てて止めたチュンソクは困り果てたように息を吐き、今一度部屋の窓から明るくなった庭を伺う。
「大護軍、話を終えたなら発ちましょう。今ならばまだ今夜のうちに巴巽村に着きます」
「そうだな」

チュンソクが先を急ぐ理由も判る。ムソンに必要な事は伝えた。
「ムソン」
「はい、大護軍様」
「万時順調だな」
「はい!」
「厠の土は、試してみろ」
「はい、すぐにでも集めてみます」
「出来次第教えろ」
「勿論です。朗報を待っててください!」

天真爛漫な声に頷いて席を立つと、従うチュンソクとこの方が続く。
「口は禍の元だ」
「・・・はあ、心掛けます」

俺の脇、肩を落とす若い男に頷き、雨上りの庭へ連れ立って降りる。
「王様の御前では、はいといいえだけにしろ」
「はあ」
「拝謁の手配が整い次第報せる」
「拝謁かあ」

雨上がりの明るい空を見上げ、ムソンは呟いた。
「どうした」
「いや、別に興味がないなって」
「・・・おい」

口は禍の元だと、今伝えたばかりだろうが。
これ以上王様に対し不敬な言葉を重ねさせるわけにはいかん。
俺はともかく、役目一番の頑迷な男の耳がすぐ其処にある。
いざとなれば塞ごうと、この男の横顔を確かめる。

しかし奴は金色の陽を浴び、心地良さげに眼を細めただけだった。
気詰まりな部屋から抜け出し天に向かって伸びをして、ムソンは晴れ間に向かって言った。
「俺は国が強くなって、大護軍様が楽になれば、それで良い」

呆れてそれ以上の声も出ず、ただ黙って首を振る。
そんな俺を横目で伺い、チュンソクが小さく笑う。
低い笑い声に眸を遣れば奴は続いて空を見上げ 、穏やかに言った。

「大護軍、この後は晴れそうです」

 

*****

 

「あ」

雨が洗い流したような空、澄み切った春の夕陽が照らす紅い丘。
そうだ、春の夕暮れは遅くなっている。
続く雨ですっかり忘れていた。これ程に日暮れが延びていたと。

空も、草も、木の影も、全てが燃えるような金赤に染められる。
巴巽村を臨む丘の上で手綱を引いたこの方は、その髪も紅く染め、嬉し気に眼下を指した。
「巴巽村!」

その白い頬に飛び、乾いてこびり付いた泥汚れ。
振り向いたその瞳に笑んで、指先の夕陽が照らす景色に頷く。
「あと一駆けです」

雨上りを駆け続け、三頭の馬も俺達自身もすっかり泥を被っている。
村に着き次第、全て洗い落とさねばならん。もう一息。

チュホンの手綱を牽いて首を返し、この方へ問う。
「行けますか」
「うん!」

明るい声とその瞳が頷くのを確かめ、駆け出したこの方の馬の脇へ添う。
逆へ着くチュンソクの馬と共に、紅く揺れる下草の丘を駆け下りる。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    さらんさん、おはヨンございます❤️
    ムソンさんも、王様の為ってよりヨンの為、その類い稀なカリスマ性に惹かれてるんですよねぇ。
    意外なチュンソクの熱い一面も見られた事が珍しく、キョンヒさまに教えてあげたいですよねo(*´ヮ`*)o
    ウンスこっそり教えてあげて( ´艸`)
    雨上がりの中馬を掛けて頬に付いた乾いた土、ヨンは早く綺麗にしてあげたいでしょうね~❤️

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    うふふ
    ウンスじゃなくても カッコいいって思う。
    ニヤケながら 読みました。
    キョンヒ様も 惚れ直しちゃうわ
    きっとね いや 絶対に
    ウンスの機嫌も 直り気味?
    もうすぐ 到着ね~

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