2016再開祭 | 花簪・参

 

 

「こちらの部屋をお使い下さい、大護軍」
寝所として宛がわれた部屋の扉前、国境副隊長は俺に頭を下げた。
「手間を掛ける」
「やめて下さい。あとの御二人の寝所は向かいに」
続いてテマンとトクマンへ案内する声に、奴らも頭を下げ返す。

「では大護軍、四半刻後に鍛錬場にてお待ちしています」
「ああ」
副隊長が部屋前の廊下を去った後、テマンとトクマンが俺を見る。
「鍛錬ですか」
「お前らもだ」
「は、はい!」

奴らは頷くと急いで廊下向うの部屋の扉を開け、奥へと消えた。
俺も宛がわれた部屋の扉を押し開き、この方と共に入る。

開京より春に近い陽が降り注ぐ明るい部屋、この方は負った荷を卓の上へ降ろした。
長旅で疲れたか、そのまま腕を廻し細い指でご自分の肩を揉む。
「これからすぐ訓練なの?」
尋ねられ、纏う鎧の背紐の緩みを締め直しつつ頷き返す。

「はい」
「せっかくここまで来たのに、なかなかゆっくりできないわね」
「遊びではない」
この声の何処かに含む棘を、ようやく感じ取ったか。あなたは驚いたように振り向いた。

「そんなこと思ってないわ」
「先刻、テマンとトクマンに何か言われませんでしたか」
「ああ、うん。あなたに庭に出るって言ってないから、報告するまで待って下さいって。
だけど危ない場所じゃないんだし、敵がいるわけでもないだし、2人も一緒にいるし、別にいいでしょって」

その声に俺は立ち尽くし、片手の指で両の蟀谷を抑える。良いわけがない。そんな事を許した覚えもない。
「俺が戻るまで此処に」
「え?」
「テマンらも鍛錬に出ます。守りがおらん」
「それなら大丈夫よ。ここには何度か来てるし、1人でも」
「おやめ下さい」

まさか止められるとは思っていなかったのだろう。俺を見る瞳に不思議そうな色が浮かぶ。
「・・・どうして?」
「兵の気が散ります」
「そんなことないわよ、絶対目立たないようにする。ただ珍しい草を探」
「イムジャ」

この言葉を一体何だと思っているのか。理由があるから止めるとは思わんのか。
一から説明するには刻が足りん。四半刻後に鍛錬を始めると言い渡したのは己。

「訳は後で。とにかく此処に」
「でもヨンア」
「一度しか言わん。動かずに居て下さい」

最後に目を合わせ部屋の床を指し、確かめて踵を返す。
確かに返答は聞かなかった。しかし要点は全て伝えた。
まして俺が合流するまで好き勝手に裏庭を荒らし回っていたろう。
テマンとトクマンの制止も聞かず、良いように奴らを振り回して。

此処で勝手に振る舞うとは、他所の家に土足で上がり込むも同様だ。
その行いは家人に迷惑をかけ、連れて来た俺達の顔も潰すも同然だ。
他所の家に招かれたのなら、此方にも尽すべき厳然たる礼儀がある。
その礼儀を尽せぬのなら、端から他所の宅に邪魔するべきではない。

天であろうと高麗であろうと、変わらぬ道理はある筈だ。
それを信じこの方を扉内に置き、俺は一人で部屋を出た。

 

*****

 

約束の刻。国境隊長と副隊長を頭に、見慣れた顔が鍛錬場に揃う。
どの兵も負けず劣らず、北方の故領奪還で目立って活躍した猛者。
その実力は既に見知っている。これなら鍛錬の憶えも早いだろう。

「確実に動きを覚えろ。明日からお前らも指南側に回る」
鍛錬場に並ぶ国境隊を前に伝えると、各々が神妙な面持ちで頷いた。
「はい!」
「一先ず三班に分ける」

班が均等に分けられた処で、一番端の塊を指す。
「一班はテマナ」
「はい、大護軍」
「二班はトクマ二」
「判りました大護軍!」
「三班は俺だ。半刻経ったら班を交代する」
「はい!」

声と共にそれぞれの兵はテマンとトクマン、そして俺の許へと集う。
北の地形を頭に、国境用に組んだ陣形と鍛錬。
鴨緑江を挟む睨み合いを前提にした弓隊中心の陣と、弓の的中精度を増す為の鍛錬を始めてほぼ半刻。

そろそろ班の交代かと天を仰いだ俺に、鍛錬場の北端で鍛錬を付けていたテマンが駆けて来る。
「て、大護軍」
「どうした」
「え、えと、あの・・・」

言い辛そうに淀みながら、奴の視線が落ち着きなく鍛錬場の奥の北を頻りに示す。
その先を追い駆けすぐ気付く。
青々と茂る草の陰、あれで身を隠したつもりか。
あの方が膝を折って地にしゃがみ、其処から様子を窺っている。

テマンと鍛錬していた奴らも気付き、声を掛けて良いのかどうか判らぬ顔で其方に気を取られている。
それはそうだろう。大の大人、それも女人が隠れ鬼の如く、草間に身を隠して自分らを伺っていれば。
「テマナ」
「は、はい!」
「掴まえて部屋に連れて行け。何を言っても聞くな。副隊長」
「はい、大護軍!」

俺とテマンの様子を見ていた国境副隊長が、急に呼ばれ姿勢を正す。
「寝所に錠は掛かるか」
「勿論です」
「外から」
「外から、ですか。掛かりますが、今は外の錠は外してあります」

尤もな話だ。客の滞在する部屋外から錠を掛けるような無礼など、普通なら有り得ぬ。
あなたは俺にそうさせる程、普通ではない無礼を働いたという事だ。
「錠をテマンに渡せ」
その声にどうして良いか判らぬ様子で、テマンと副隊長が不安な目を見交わした。

 

 

 

 

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