2016 再開祭 | 薺・後篇 〈 庭 〉

 

 

殿前の雪深い庭に立ち、この方が鳶色の瞳で俺とチュンソクを、そしてそれぞれが握る剣を確かめる。

「ヨンア、そのままでチュンソク隊長と向き合ってくれる?」
その声に、肩を並べる距離でチュンソクへと体を向ける。
チュンソクも同じように、其処から此方へ向かい合う。

「オーケー。それで、二人とも3歩ずつ後ろに下がってみて?」
互いにそのまま大股に三歩ずつ後退る。
互いの間が計六歩、およそ十と四尺開く。

「これくらい開けば、チュンソク隊長とキョンヒ様が並んでも通り抜けられそうよね?」
この方の声に俺とチュンソク、そして敬姫様が一斉に十四尺の距離を確かめる。
「はい」
「じゃあ」

この方は雪の庭、俺の背後へ回り込むと剣腕を掴み、鬼剣を鞘ごと空へと持ち上げた。
「・・・何を」
問い掛けには答えず俺の腕を掴んで支え上げたまま、この方は続けて向かいのチュンソクへ言った。
「チュンソク隊長、剣を上げてみて?この人の剣先と、自分の剣先が触れるギリギリまで」
「はい、医仙」

指示された通りチュンソクが掲げた剣。
空へと高く掲げた二本の剣鞘が先を合わせ、まるで山の稜線のようになだらかな斜を描く。

「今は2人だけだから、ピンと来ないと思うけど。これは本当は、何人かで列を作ってやるの。
全員でこうやって二列で向き合って、両側から剣でアーチ・・・ああ、こういうふうに剣を合わせて」

この方の言いたい事が、ようやく腑に落ちた。
剣を奉げて列を作る訳か。
「この下をチュンソクと敬姫様が歩かれるのですか」
「そう!さすが私の旦那様は察しが早くて嬉しいわ」

小さな手で支えていた剣腕を離し、この方は大きく笑って頷いた。
「これは元々はイギリスの王室のすごく特別な儀式の時に、王室の軍隊でやってたって聞いたんだけど。
軍人として、最高の礼を尽くしたものらしいって。今も軍人が結婚する時以外、めったな事ではしないみたいよ?
詳しくは知らないけど。だから聞いたの。
さすがに王様と同じ礼を尽くして、チュンソク隊長やキョンヒ様にご迷惑になったらいけないしね」
「そうなのですか」
「うん。王様にこんなアーチ作ったりしない?特別な儀式の時」
「いえ」

あーち、というのか。
こんな礼の尽くし方は、高麗でも元でも未だかつて見た事はない。
俺とチュンソクが同時に首を振ると、この方は安堵したように白い息を吐いた。
「まあ、特別なイベントではこういのもあるわ。これは私たちの世界でも、軍人以外はまずしないしね。
そもそもサーベル・・・剣が簡単に手に入らないし」
「ええ」
「普段使う剣でも、儀式用の剣があるならそれでもいいみたい。で、基本的には出席者は軍の正装をするんですって。
今なら鎧になると思うけど」
「チュンソク!」

俺達三人の話を無言のまま聞いておられた敬姫様が、そこで初めて奴を呼ばれた。
チュンソクは掲げていた剣を下ろし、敬姫様に振り返る。
「はい、キョンヒ様」
「これが良いと思う!」

その声に俺も鬼剣を降ろし、まだ斜め後に立ったままのこの方へ眸を投げる。
視線を受けたこの方も、さすがに首を傾げると
「でも、キョンヒ様。お2人のお気持ちだけでなく、ご両親にも相談された方が・・・」
珍しくそんな風に、思慮深げな声を掛ける。

確かに武人としては最敬礼なのかも知れぬ。
俺ですら今までこの方に伺って来た数々の天界のふざけた婚儀の則の中、この敬礼だけは少しばかり見直した程だ。

剣を掲げるとは、つまり相手に対し敵意のない事を示す。
大きく掲げてしまえば、斬りつけるまでに余分な動きが生じるから。
それを掲げるとは、つまりは降伏の為に剣を捨てるその次に敵意のなさを示す事になる。
同時にその下を通り抜ける二人を祝い、そして忠誠を誓う事だ。
掲げた剣で下を歩く二人を守るという振舞にも通ずるのだろう。

しかし敬姫様は王様の姪御姫であり、御母上の銀主公主は皇宮から距離を置かれているとはいえ、歴とした王様の御血縁。
そして儀賓大監は官位を退かれる前は文官としての位をお持ちで、迂達赤を含め、武官とは一切無縁の御立場。
こうも武官、武臣としての祝賀を前面に押し出しす事で、却って皆様方が居心地の悪い思いをされぬとも限らん。

しかしこの方の制止の声は御耳に届かぬのか、敬姫様はチュンソクだけをじっと見て御声を続けた。
「チュンソクに嫁すのだから、お役目も大切になる。チュンソクをきちんと支えられるようになりたい。
迂達赤隊長の妻になるなら、迂達赤流で迎えて頂きたいんだ。もしそうして頂けるなら」
「あの、キョンヒ様?これは正確には迂達赤流ってわけじゃ・・・」

この方が慌てた様子で口を挟むのを止め、小さな手を握って少しずつ、庭の中を二人から離れる。
「ちょ、ヨンア、どこに。まだ話が」

俺に手を取られたままでこの方が首を捩じり、遠くなる二人を目で追った。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    これなら 行けそう!
    (灬ºωº灬)♡
    キョンヒさま 気に入りました。
    チュンソクに ぴったり♥
    チュンソクは…(´・ω・`;)
    困ってる場合じゃないわー
    二人を残して ふぇいどあうと!

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