2016再開祭 | 桔梗・拾捌

 

 

「文字を、作る」
「そう。ハングルっていうのは、象形文字やなんかで自然発生した文字と根本から違うの。
そもそも字を知らない人に教えるために、音を表す記号を組み合わせながら作った文字なのよ。
私たちはこうしてお互いに話すことは出来るけど、今の二人の話を書き写すとすれば漢字しかないでしょ?」
「・・・はい」

ところどころの天界語の意味は判らんが、おっしゃる事の筋は読み取れる。
頷く俺にこの方は更に諭すよう声を重ねる。
「それを読む時には、中ご・・・えーっと、元での読み方を当てはめるしかないじゃない?」
「ええ」
確かにその通りだ。そして元での読み音と、高麗で話す音は明らかに異なる。
「だからなの。漢字で書かずに、私たちが話す通りの音を表す文字。
それさえ読めれば、話せる人はみんな意味が分かる。それがあの天界文字、ハングルを作った理由よ」
「はい」

桔梗と書けばトラジとは読まぬ。ヂィエガァンと聞いて桔梗を連想できる者など多くはなかろう。
理屈は判った。判らぬのは。
「何故、奴に伝えたりしたのです」

元を正さんとした問いに、この方の瞳が俺を見た。
言おうかどうか迷うよう紅い唇が震えた後に、其処から一息に此方へ声が投げられる。

「この後、時代が変わったら、あの男の一族が500年以上この国を治めるからよ。
その4代目の王様、あの文字を作るのがあの男の孫。その後には大きな戦が何度か起こる。
そしてその後に、私がいた時代、あなたが見た世界が来る」
「・・・お待ち下さい」

俺の静止にこの方の投げ遣りな声が止まる。
「治めるとは」

言葉で人を弑せるならば、今俺の息の根は止まっただろう。
俺を弑すだけではないのか。
あの男の一族が国を治めるとは、つまり王様の、天の血脈が。
そんな俺の問いすら予想していたのだろうか。
この方は苦しそうに眉を顰め、俺から目を逸らし一息に告げる。

「あの一族は、次の王家になるのよ」
「・・・どういう事だ」

俺の声と同時に厨の中で、器の割れるけたたましい音がする。
俺達に遠慮し口は挟まずとも、相手は情報売りの手裏房。
聞き耳だけは立てていたと言う事だろう。 だがそんな事を咎めるゆとりはない。
椅子を蹴り立ち上がった俺に、この方が驚いたよう息を呑む。

「どういう事だ。俺だけではないのか。王様は。王妃媽媽は。御二人の御子は。この国は」
「ヨンア」
「謀反か」
「そう。だけど私が知る限り、あの男と敵対するのはあなたなのよ。王様や媽媽は違うわ。だから・・・」
「イムジャ」
「だから、それを変えるために出来る限りのことをしたいの。良い?
歴史上、本来まだ発生してるわけがない高麗時代のハングルの手紙。そこにあなたの名前がある。
そうやって少しずつ変えていければ、あなたの運命だってきっと」
「そんな事はどうでも良い!」

低い怒号に、マンボが厨の入口から顔を突き出した。
「良いか。俺の命とは訳が違う」
「私にとってはそれが一番大切なのよ!それさえ変えられれば、他のことなんかどうでも良い。
どうなっても構わないわ!だから渡したのよ、どうなったって良いから。何をしたって変えたいから!」

結局こうしてこの方を泣かせたのは、他の誰でもなく己だった。
李 成桂親子には憎しみの籠った目を向けただけの、そして顔合わせの後に平然と飯を喰ったこの方は、今ようやく堪えていた涙を落としながら俺を睨みつけた。
「止めたってムダ。私が決めたんだから。これからだってチャンスがあれば何でもするわ。
あなたの運命が変えられれば、他のことだってきっと変わる」

秋の陽射しはまだ中空高くにある。
それでも酒楼の表が急に暗くなったように感じる。

向かい合うあなたは涙を落とし、強い瞳で俺を睨み続ける。
そして俺は新たな天の預言の前に、言葉を失くし立ち竦む。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    ウンスのすることは
    いずれヨンの為になるならば~
    努力も惜しまず
    コツコツと 
    相手が誰であれ ヨンのため…
    ヨンがなんと言おうとこれだけは
    譲らないわね 絶対に。

  • SECRET: 0
    PASS:
    ヨンにとってはそれはそれは衝撃だったでしょうね、まさか国までもがってなると…
    でも、ウンスにとってはヨンが一番、でなければ現代を捨てる選択はなかったかと。
    ヨンがいてくれるならなんでもするウンスの気持ち分かります。
    ちなみに聞き耳立ててたスリバン達はどう思ったのかも知りたいですね。
    んー、何か変わればいいですがそれはウンス自身に影響は?ってのも気になります。

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