2016 再開祭 | 金蓮花・丗肆

 

 

既に設えられた宣任殿の中の卓、重臣らも元の使臣らも総て揃うて入殿する寡人を出迎える。
「・・・始めよ」

寡人の着座を待ち腰掛け直した面々の中、断事官が口火を切る。
「ご命令に従い、私より申し上げます」

その刹那。

都堂会議に呼ばれた者以外の入室を固く禁じた筈の宣任殿の戸が、遠慮無い音を立てて開く。
寡人を始め殿内の全員の目が其処に向いた時。

これ程の事態というに、思わず苦笑が漏れそうになる。
謹慎を解いた途端に我が物顔でこの振舞いか。
この男らしいと言えば、これ程この男らしい事もない。

扉内へと進み出で、不機嫌極まりない顔で其処に佇む徳成府院君。
「徳成府院君奇轍、本日の王様の都堂会議に馳せ参じました」

問題はこの男が敵か味方か読み切れぬ事だ。
「元の断事官が我が邸に挨拶もなく、此度はその理由も伺いたい」
徳成府院君の睨みなど何処吹く風と受け流し、断事官は奇轍に眼をくれる気配すら無い。
徳成府院君も一先ず申したきことは申したか、断事官の横の椅子へと腰を降ろすと
「どうぞお始め下さい」
そう言って不満げに己の椅子の肘掛を握り締める。

「王様に先日お願いしていた件ですが、準備は如何でしょうや」
断事官は何事もなかったかのよう、寡人へ向けて問い掛ける。
「断事官が余に要請したのは二点。一つは元に与えられた駙馬玉璽を再び使う事。
もう一つは余を惑わせた妖魔の処刑。そうであったな」
「おっしゃる通りです」
「そして申したな。その条件を呑めば、断事官は元の皇帝に伝えると。
高麗王はまだ使い道がある、故に生かそう。そうだな」
「要点だけ申せば、如何にも」

国の行く末もこの命の生き死にも、元の使臣に握られる弱き立場。
それで良いか。あの方に、我らの宝である吾子に。
この心を瀬戸際で救ったチェ・ヨン、命を賭し戻った医仙に顔向け出来るか。
王として、そして人として、恥ずかしくはないか。

あの男はどれ程の心を忍て、処刑されると判っておる医仙を再び此処へ連れ戻したのか。
医仙はどれ程の心を忍て、自身が処刑されると知りつつ寡人とあの方を救う為戻ったか。
そして今寡人の大切な方はこの寒空の中、どれ程の想いで寡人の迎えを待っているのか。

余りに知らなさ過ぎた。
それでは誰もこの国の民になどなりたくはなかろう。この国の為に命など懸けぬ。
痛みを知らぬ王、喜びを与えられぬ王。
血と涙を流させる分その痛みを知り、礼節を持って民を慈しめぬ者に王たる資格は無い。

愛する者を守るとは、何もかも失う覚悟を持つ事だ。
そして決して失わぬよう、命を賭けて守る事なのだ。

寡人の挙げた手に脇のドチが頷くと、恭しく小振りな匣を捧げ持つ。
「御渡しせよ」
その声に無言で頷くと、ドチは匣を断事官の前の卓上へ静かに据えた。

「駙馬玉璽はお返しする。我が国にはこれ以上必要無かろう」

言いたき事は判ったのか、断事官は無言で此方を見遣る。
「そして次に、断事官が妖魔と申された方の事だが」

 

*****

 

迂達赤の副隊長に連れられて、大急ぎで戻った皇宮。
さっきから小さな王様の声が聞こえる扉前。
ここに来たのって久しぶり。
副隊長は私を武閣氏の隊服のオンニに預けて、無言で頭だけ下げてさっさとどっかに行っちゃうし。
横にあの人もチャン先生もいないと、何だかちょっと不安だけど。

聞こえていた室内からの王様の御声が切れたところで、
「お入りください」
武閣氏のオンニが私にそっと教えてくれた。
「・・・はい」

目の前の開いた扉から、そっと部屋の中に入る。
何が何だかよく分からないけど、入れば多分どうにかなるでしょ。

頭の中はいまだに混乱してるけど、ハッキリ分かってることが1つ。
あの人を守るためなら何でもする。そのために戻って来たんだから。
部屋の中に入ると、空席は王様の斜め後ろの椅子だけ。
前にも一度座ったけど、今回もあそこに座って良いの?

部屋中のみんなが頭を下げる中、ぎこちなく歩いてその椅子の前に立つ。
何となく部屋中の顔を見渡したら、あらやだ。
こっちを見てる、驚いたような顔と目が合った。キチョルじゃないの?

「この方は高麗の医仙。元の姫でもある我が王妃の命を救い、余の近衛隊長の命も助け、昨夜は余の心をも救った。妖魔に見えるか」

王様は、右手に座ったやけに派手な中華風の衣装の長い三つ編みの中年男性に尋ねた。
話の流れから言っても、この人が私を捕まえて公開処刑を要求した元のお偉いさん?
「座られよ、医仙」

王様の声に頷いて、空席の椅子にすとんと腰を降ろす。
ああイヤ。こういう雰囲気って、本当にいつまでも慣れない。
処刑されようって帰ってきたつもりはさらさらないけど、この先どうなるか分からないアドリブ芝居をしろって言われてるみたい。

「医仙という方に伺います」
ほらほら、座ったとたんにこれよ。
きらきらのケープみたいなど派手な上着が眩しい中年男性が、難しい声でいきなり言った。
「は、はあ」
「天界より参られたというのは、真にございますか」

そういう事になってるんだし。
はい、って答えようとした私のセリフを、横の王様が急に奪う。
「とんでもない」

そのセリフに私はもちろん、部屋中の全員がきょとんと王様を見る。

「天界などこの世に存在する訳が無かろう。この医仙の人並み外れた医術の力を見て、人々が噂しただけの事」

・・・・・・え?

「何をおっしゃるのですか王様、いきなりそのような」

黙ってられないように、キチョルが顔色を変えた。
そうよね、私自身がキチョルに天界から来たって言っちゃってるし。
でも王様はそのキチョルにも一切何も答えず、そして視線はしっかり元のお偉いさんを見ながら私に呼び掛けた。
「医仙。あなたは天界から参られたのか」
「ああ・・・正確には違います」

その答が多分ベストだし、そして真実。私が来たのは実際、天界からじゃないんだし。
キチョルは呆気に取られた顔で、私と王様を見比べてるけど・・・

ご め ん ね

口だけで私がそう言うとキチョルは何とも言えない顔を背けちゃう。
でも真実が一番強いの。私が来たのは天界じゃなくて未来なんだし。

「では、噂は」
王様の説明をどう受け取ったか、半信半疑って顔で元のお偉いさんが改めて質問するのに
「余が流した。天人を味方につけたと、地固めをするのに必要でな」
「・・・王様」
「何だ」
「民を戦に駆り出す御積りですか」

お偉いさんの脅し文句に、王様は背を伸ばして言い切った。
「今脅しに屈し此処で医仙を差し出せば、次には何を要求されるか。その要求は高くなる一方だろう。
故に決断した。此処までだ。これ以上の要求は飲まぬ」
「・・・よく判りました」

お偉いさんは席を立つと、そのまま部屋を出て行くかと思ったのに。
何故か私の前までやって来て椅子の前に立たれたから、私も意味も分からないまま立ち上がる。

「これで終わりではありませぬ」

・・・はい?王様の次は私に脅しなわけ?
思わず何か言い返そうとしたところで、突然部屋が騒がしくなる。

やっと部屋を出て行くお偉いさんの足音。怒り頂点って顔で、大きな音を立てて椅子から立ち上がったキチョル。
そしてついさっき私が入って来た扉を騒々しく開いて、大慌てで部屋の中に入って来たのは迂達赤の副隊長。
「王様!!」

こっちに歩み寄ったキチョルと私の間に立ちふさがる格好になった副隊長が、王様に向かって大きな声でハッキリと言った。

「王妃媽媽が御戻りです。医仙も、どうか坤成殿へ!」

 

 

 

 

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